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「聖エウスタキウスの幻視」

ピサネッロ (1436-38年)

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 森の中で出会った奇跡….思わず右手をかざすエウスタキウスの素直な驚きの表現が、とても自然に見る側の心に流れ込んできます。

 トラヤヌス帝の軍隊の将校であったエウスタキウスは、ある日、森の中で狩りをしているときに、角の間に光り輝く磔刑像をつけた白い牡鹿に出会います。そのため、彼は妻とともに改宗したと言われていますが、新たな信仰心の証しとして多くの艱難辛苦に耐えねばならないだろう…と告げる声も聞いたと言われています。
 そのお告げどおり、エウスタキウスには苦しい日々が続きます。まず、家族とともに船でエジプトに向かう途中、金を持っていなかったために船賃の代わりとして船長に妻を奪われ、ナイル川を渡るときには二人の息子をライオンと狼にさらわれてしまいます。この後、家族は奇跡的に再会するのですが、迫害に遭い、全員が内側が空洞になっている真鍮の牡牛の中に押し込められ、生きながら焼かれて殉教したと言われています。

 そんなつらいエピソードを持った聖エウスタキウスですが、磔刑像と出会う重要な場面をピサネッロはとても神秘的に、印象深く、美しく描き出しています。そこには、これから始まる聖人の苦難の生涯を予感させるものは微塵もなく、人と動物が同じ空間で静かに息づき、ひそやかな語らいが感じられます。国際ゴシック様式を代表する画家ピサネッロらしい、やや息詰まるような奥行き感のない画面ですが、だからこそ生まれてくる独特の親密な安らぎは、見るものの心を情景の中に穏やかに溶かし込んでくれるようです。

 印象的なのは、画面の中に折り重なるように描かれた暗い森や岩山のあちらこちらに、動物や鳥たちがまるでビロードにはめ込まれた宝石のように配置されていることです。そこには、ピサネッロの好みがうかがえます。彼は当時、卓越した素描家でした。おそらく、15世紀イタリアのどの画家よりも多くの素描スケッチを残していただろうと言われています。彼の手で描き出された狩猟動物や鳥たち、また当時流行していた衣装などの素描には、細部にいたるまでの鋭く機敏なピサネッロの眼の動きを感じることができます。彼の愛した動物たちは、緻密な描写と画家の手の温もりの中で、確かな生命を与えられているのです。
 国際ゴシック様式を独創的に駆使したピサネッロは、装飾的図式を飽くまでも守りながら、不思議なほどに透明な、想像力に満ちた生命の世界を描き出した稀有な画家だったのです。

★★★★★★★
ロンドン、 ナショナル・ギャラリー 蔵



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