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「聖ゲルオルギウスと王女」

ピサネッロ (1436-38年)

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 伝説上の戦士聖人ゲオルギウスは、今まさに犠牲に供せられようとしている王の娘を救うため、城壁の外の海岸で竜との戦いに挑もうとしています。
 しかし、自らの馬にまたがろうとする瞬間の聖人の表情は、緊張のためか、やや自信なげです。それに引きかえ、見守る王女の顔には、聖人の勝利を確信したかのような毅然とした力が漲っています。そしてそこには、
「逃げたら許さないわよ」
といった、こちらとしても引くに引けない威圧感さえうかがえるのです。

 「聖ゲオルギウスと竜」というテーマの場合、大抵は勇敢に竜と戦う聖ゲオルギウスの姿が描かれ、そのそばに美しくか弱いお姫様が立っているという図が普通です。聖ゲオルギウスの信仰によるカッパドキアの征服を示すこの主題において、お姫様はカッパドキアの擬人化された姿なのです。
 しかし、そうした定型からは離れた、本来勇壮な人物像であるはずの聖人の精神的な弱さ、人間らしいためらいまでも生き生きと表現してしまうところに、ピサネッロ芸術の真の魅力があるのかもしれません。

 さらにこの作品は、二つの場面から描かれています。画面右側の背後には、華麗で、どこか蜃気楼のような幻想性に満ちた都市が描かれています。ここは城壁の内部であり、都市は後期ゴシック建築の特徴を示して、巨大で豪華で装飾的な魅力にあふれています。そこには、国際ゴシック様式の最後を飾る宮廷芸術の典型と言われた、巨匠ピサネッロ(1395-1455年)の持ち味が十分に生かされているのです。
 また、13世紀から14世紀のイタリアは、神聖ローマ帝国とローマの教皇庁という、世俗権力と宗教権力の利害関係の中で数多くの都市国家が散在していた時期でもあります。そうした揺れ動く後期ゴシックの空気をも、ピサネッロは象徴的に示しているのかもしれません。

 ところで、聖ゲオルギウスの馬の衣装のきらびやかさは、主人公の二人に劣らないほどの美しさです。民俗学的な知識に裏打ちされたこうした描写や、聖人の足元に描かれた犬たちの生き生きとした表現は、まさしく動物の描写に強い興味を抱き続けたピサネッロならではと言えるでしょう。
 しかし、非常に写実的でありながら、画面全体に漂う幻想性もまたピサネッロの特徴です。そして、彼のつくり出す画面はいつもロマンティックで、それでいてなんともシニカルなのです。それは、人間の心情にまで深く入り込むことのできたピサネッロの、冷静な観察眼がなければあり得なかった雰囲気だったことでしょう。聖ゲオルギウスの、聖人と言ってしまうには余りに人間的な隠しようのない緊張感は、500年の時を経た私たちにも、はっきりと感じ取ることができるのです。
 『聖ゲオルギウスと王女』は、15世紀初期における国際ゴシック様式最後の巨匠ピサネッロの、最も重要な、忘れがたい大作です。しかし、勇ましい出陣というよりも、華麗で精巧で優美な伝説の物語絵巻といった趣の、美しいフレスコ画となっています。

★★★★★★★
ヴェローナ、 サンタナスタージア聖堂 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
      高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎名画の見どころ読みどころ―朝日美術鑑賞講座〈1〉/15世紀ルネサンス絵画〈1〉
       朝日新聞社 (1992-02-25出版)
  ◎ピサネロ装飾論
            杉本秀太郎著  白水社 (1986-04-10出版)
  ◎イタリア絵画
      ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)



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