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「聖セバスティアヌス」

ジョヴァンニ・アントニオ・ボルトラッフィオ 

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 聖セバスティアヌスと聞いて、まずまっ先に思い浮かべるのが、あの杭に縛られて無数の矢を浴びた痛々しいシーンです。
 しかし、ボルトラッフィオの描く聖セバスティアヌスの、なんと甘美で美しいことでしょうか。手には弓矢を持ち、いちおう聖セバスティアヌスを示してはいるのですが、画面の中から不思議な微笑みを湛えてこちらを見つめる少年は、ただひたすらに優雅で、巻き毛の一本一本にまで細やかな神経をもって描き出され、どちらかと言えば良家の子息、セバスチャンくん…といった印象です。

 キリスト教の聖人であり、殉教者としても非常に人気の高い聖セバスティアヌスは、古い聖人につきものの信じがたいような奇跡譚がないために、かえって実在した人物かも知れないと感じさせる聖人です。
 彼は、3世紀のディオクレティアヌス帝治下のプラエトリアの防備軍で士官をしていたと言われています。ひそかにキリスト教徒となっていましたが、殉教しようとする仲間に援助の手を差し伸べようとしたためにキリスト教徒であることが露顕し、皇帝から弓矢による処刑を言い渡されてしまいます。処刑後、刑吏たちは彼が死んだものと思いこんでその場に放置します。しかし、彼の傷は急所をはずれており、深手は負ったものの致命傷をまぬがれていました。伝説によれば、イレネという名の寡婦が聖セバスティアヌスを看病したおかげで彼は健康を取り戻したとも言われています。しかし、元気になったセバスティアヌスは、再び皇帝の前で自らの信仰を公言したため、今度は棍棒で打たれる処刑によって殉教したと言われています。
 そんな、胸が苦しくなるほどの篤い信仰に生きた聖セバスティアヌス….たいていは、立木か柱に縛り付けられた痛々しい姿で表現されるところを、こんなに美しく描き出された作品に出会うと、なにかとてもホッとした気持ちになってしまうのです。

 そんな斬新な聖セバスティアヌスを描いたボルトラッフィオは、イタリア・ミラノの貴族であり、画家だった人物です。ボルゴニョーネの画風を修業したのち、ダ・ヴィンチの主要な弟子の一人となりました。ダ・ヴィンチの手記の中にも、彼の銀筆素描についての記述が出てきます。ボルトラッフィオは師の明暗法を深く学び、ミラノやボローニャにおいて多くの肖像画を描いたと言われていますが、確実に彼の手になると思われる作品は、現在ではわずかしか特定されていません。それは、本当に残念なことです。この美しく魅惑的な聖セバスティアヌスを見るにつけ、もっと彼の作品が見てみたい….と強く感じるのは、たぶん私だけではないと思います。師レオナルドの持つ神秘性にはおよびませんが、対象を見る目の確かさ、かっちりとした隙のない画面構成にはボルトラッフィオにしか表現し得ない魅力が溢れています。

 聖セバスティアヌスは、疫病に対する守護者とされています。古代人たちが、病気はアポロの矢によって引き起こされると信じたからです。そのため、4世紀には、ローマのアッピア街道沿いにある彼の墓の上にバシリカ式の聖堂も建てられました。
 アポロの矢ならぬ弓矢による処刑に苦しめられた聖セバスティアヌスですが、ボルトラッフィオの創り上げた画面の中の彼は、穏やかな眼差しで愛おしそうに矢を携えています。ダ・ヴィンチは、美しい弟子を傍らに置くことが多かったとも言われていますが、もしかすると、このセバスティアヌスもボルトラッフィオ自身の自画像かも知れない、などと感じてしまうのは、とんでもない勘違いかも知れませんが….。   

★★★★★★★
モスクワ、 プーシキン美術館 蔵



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