人々の悲しみの中、静かに横たわるのはサン・ジミニャーノゆかりの聖女、フィーナです。よく見ると、聖女はすでに亡くなっているはずなのに、なぜか見守る母の手の上にフィーナの手が添えられていて、さりげなく謎めいた、美しい画面となっています。
聖フィーナは、トスカーナ地方サン・ジミニャーノの町の出身で、13世紀に実在した聖女なのです。10歳のときから病床にあって、15歳で没するまで闘病を続けましたが、その間、人々のための奉仕を続けました。貧者のための衣服を縫い、自らの手足が麻痺して動けなくなると、キリストの苦難をしのんで木製の床にやすむようになります。そして、ネズミが病床の彼女を攻撃するとこれに耐え、忍耐と勇気と慈善の徳を広く知らしめたのです。
そんなフィーナのもとへ、ある時、彼女の信仰した聖グレゴリウスの幻が現れ、聖人と同日の死期を告知したのです。幻視のとおりに、春の到来とともにフィーナが死を迎えたとき、サン・ジミニャーノの鐘は一斉に鳴り響き、遺体は香りのよい花々に囲まれたといいます。画面の中の美しいフィーナからは、病やつれの影など微塵も感じられません。神に愛された聖女は、実際にこのように清らかな姿で旅立ったのかもしれません。このテーマは、15世紀中ごろに現れ、人々に親しまれました。
ギルランダイオ(1449-94年)は、1475年にサン・ジミニャーノを訪れたとき、依頼を受けてコレッジャータ(主聖堂)にこの「聖フィーナの生涯」の壁画連作を制作しました。その際画家は、弟のダヴィデ、義兄弟のセバスティアーノ・マイナルディ、ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの協力を得たと言われています。連作は「聖フィーナに死のお告げをする聖グレゴリウス」、「聖フィーナの昇天」、そしてこの「聖フィーナの葬儀」の3場面でしたが、ほかに、預言者、四福音書記者、諸聖人をマイナルディが描き、これらを合わせて、ギルランダイオの初期の代表作となっているのです。
ギルランダイオは美術家一族の出身で、その中でも代表的な人物でした。特に大規模なフレスコ連作にその真価を発揮し、15世紀後半のフィレンツェを代表する画家の一人でした。『美術家列伝』で有名なヴァザーリによって「プロント、プレスト、ファーチレ(即座に、すばやく、難なく)」と評されたほどに確かな仕事ぶりでも定評があったのです。
ところで、ギルランダイオというのは、実はあだ名でした。本名は、ドメニコ・ディ・トンマーゾ・ビゴルディといいます。「ギルランダイオ」の由来は、彼が作品の中に花網(ギルランダ)装飾を描き込むのを好んだことにありました。金銀細工師であった父のもとで修業したのち、ペルジーノやボッティチェリとともにヴェロッキオの工房でも学んだといわれていますから、人物の、どこかもの憂げな表情や衣装の美しいドレープなど、緻密な写実、確固とした人物表現は確かに師の技術を受け継いで、さらに洗練の境地を見いだしていることを感じさせるのです。
★★★★★★★
シエナ、サン・ジミニャーノ、 コレッジャータ(主聖堂) 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)