聖フランチェスコが天使を幻視したとき、その身体にキリストと同じ五つの傷痕が現れたといいます。その瞬間、聖者はこのように気を失ったのでしょうか。脇腹の傷に手を当てた天使にもたれるように、宙に浮かんだ聖人の姿は衝撃的です。清貧と篤い信仰の人、聖フランチェスコがこのように描き出されることは、もしかすると珍しいかもしれません。
この劇的な作品を描いた、18世紀ヴェネツィア派の画家ジャンバッティスタ・ピアツェッタ(1683-1754年)は、暗い褐色調の画面の中に、大胆な筆致で人物を浮かび上がらせる手法を得意としていました。このドラマティックな画面も、ピアツェッタならではの世界です。自由闊達に動き回る絵筆は、今、私たちが見ても息を呑むほどの速さを感じさせるのです。
ピアツェッタは最初、木彫家の父のもとで修業をし、木版画の才能を開花させます。その後、ボローニャでジュゼッペ・マリア・クレスピの弟子となり、劇的な明暗法と暗示的な様式を学ぶこととなります。彼の、ヴェネツィアの画家としては非常に珍しい経歴が、その独特な画面の基盤となっているようです。
ピアツェッタの劇的な絵画様式は、輝かしく照らし出された部分と影に沈んだ部分を荒々しいほどに対比させ、そこに強く宗教的な感情を表出させるものでした。そこには、画家の彫刻的な形態に対する感覚の鋭さがあります。この作品でも、若々しく健康的な光り輝く天使と、老いて弱々しい聖人を対比させることで、聖フランチェスコの孤独で神秘的な体験を印象深く伝えようとしているのです。
この祭壇画は、もともとはヴィンチェンツァのサンタ・マリア・ダラチェーリ聖堂に飾られていました。礼拝堂を訪れ、この絵を見上げた人々は、どんなにか幻想的な感慨に打たれたことでしょう。
ところで、ピアツェッタは実は、仕事が遅いことでも知られていました。そのうえ、大家族を抱えていたといいますから、必然的に、収入を得るためにデッサンや書物の挿絵も多く手掛けることとなったようです。また、木炭にチョークでハイライトをつけた裸体画には当時、かなりの需要があったといいます。
そうした事情もあって、壮大な祭壇画も描きながら、ピアツェッタの画業の中心を占めるのは、個人の収集家のためのごく世俗的な作品たちでした。これらの作品は一転して、色調やコントラストのゆるやかな明るいものだったのです。そこには、一緒に仕事をし、弟子であったとも言われている偉大な画家、ジョヴァンニ・ヴァッティスタ・ティエポロの影響が大きかったといいます。
★★★★★★★
ヴィンチェンツァ、 パラッツォ・キエリカーティ市立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)