三人の美女を前に指輪を差し出しているのは、フランシスコ会の創設者、アッシジのフランチェスコです。それは灰色の僧服と、フランシスコ会独特の腰帯によって知ることができます。腰帯の特徴的な三つの結び目は、清貧・童貞・服従という宗教的な三つの誓願を表しているのです。
あるとき、聖フランチェスコはシエナへ向かいました。その途上、三人の女性の幻に出会ったといいます。女性たちはそれぞれ、清貧・貞節・服従を表していて、フランシスコ会の誓願に対応していました。聖フランチェスコはすぐにその意味を理解し、中央の「清貧」と神秘の結婚の指輪を交わしたのです。
背後には、天に昇っていく三人が描き込まれていますが、その中で、「清貧」だけが名残惜しげに振り返っています。飽くまでも神秘の結婚の儀式でしたが、そこには優しい心の交流が感じられ、人物も風景もまるでお伽噺のような美しさなのです。
殊に、三人の女性たちのすらりとした姿が印象的です。衣装の色も髪形も、三者三様で変化があり、このあたり、画家の心配りとセンスが感じられます。一方、聖フランチェスコはどこか弱々しい体つきで身なりも質素で、いかにも一途な信仰者の趣きです。
作者のサセッタ(1392/1400-1450年)は、15世紀シエナ派の最も独創的な画家と言われています。中世からルネサンスに移行しようとする時代、シエナはまだまだ非現実的な、夢のようなゴシック様式を抜け出せないでいました。そんな中でサセッタは、14世紀の巨匠たちの理想と詩的感受性を受け継ぎながらも、フィレンツェに始まったルネサンスの新しい息吹を、自身の神秘的な想像力で表出していこうとしていました。そんな彼の個性的な画風が、この美しい画面に実現されているのです。
サセッタの活動については謎も多く、確定されている作品は30点ほどと言われています。その中でも、このサン・フランチェスコ聖堂のための87×52㎝ほどの比較的小型の祭壇画が最も知られており、その抒情性でも高い評価を受けています。聖フランチェスコ伝説を物語る10点の板絵のうち、7点は現在、ロンドンのナショナル・ギャラリーの所蔵となっています。19世紀に分解され、分散されたためなのです。この作品は背面の翼部分であったと思われ、中世末期の敬虔な信仰心が遺憾なく表現された、澄明で印象深い名作として知られています。
この祭壇画の他の9作品は、「聖母子と聖人たち、天使たち」(パリ、ルーヴル美術館)、「法悦の聖フランチェスコと聖人たち」(セッティニャーノ、ベレンソン・コレクション)、「聖フランチェスコと貧しい男」、「財産の放棄」、「聖痕を受ける聖フランチェスコ」、「教皇の前の聖フランチェスコ」、「グッビオの狼」、「スルタンの前の聖フランチェスコ」、「聖フランチェスコの埋葬」という構成になっています。
★★★★★★★
シャンティイ、 コンデ美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)