西暦312年、コンスタンティヌス大帝は、皇帝マクセンティウスをテーヴェレ川に架かるミルウィウス橋で破り、ローマ帝国全土の支配者となりました。これは、ローマ帝国におけるキリスト教の地位の確立に大きな転機をもたらした出来事とされています。
エウセビウスの『コンスタンティヌス伝』によれば、この戦いの前夜、コンスタンティヌスは夢を見たといいます。空に十字の印が現れ、
「この印によりて勝たん(In hocsigno vinces)」
という声を聞いたのです。
そこで、彼はローマ軍旗であった鷲の印を十字に替えて、みごと勝利したと伝えられているのです。
この作品は、とても珍しい図像ですが、皇帝が夢の中で神のお告げを聞いている瞬間です。衛兵や従者は何も気づいていませんが、画面向かって左上方より、勝利を預言する天使が舞い降りてきています。天幕も番兵も、天使から発せられる超自然の光に照らし出され、これが奇跡であることを伝えています。
ピエロらしい静謐な、秘やかな光の演出は、この場の全てを永遠に変えてしまうようです。
ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1416/17-1492年)畢生の大作といえば、やはりサン・フランチェスコ聖堂の「聖十字架物語」が挙げられます。
この壁画の主題は『黄金伝説』という聖人伝に基づく十字架の物語ですが、アダムとエヴァの原罪の木の枝から大樹が育ち、ソロモンとシヴァの時代を経て、キリストの十字架となり、エルサレムに返還されるまでの長い旅が描かれています。コンスタンティヌス帝の母ヘレナによって、長い間忘れられていた聖十字架が、地中から発見されたという逸話も含まれています。
ピエロ・デッラ・フランチェスカは、この物語の15の場面を10の画面に分け、聖堂内の三方の壁画に上下3段におさめています。そして、向かって右側に、十字架になる前の聖なる木の物語を、左側には聖十字架の発見と称賛の物語を描いています。つまり、右壁面は預言的な世界、左壁面は顕現的な世界ということです。
さらに、ピエロらしいところは、左右の壁面に似た画面を置いて、それを対比させ、左右対称の雰囲気を醸し出していることです。当代きっての数学者でもあったピエロならではの、明晰で繊細な壁画となっているのです。
ピエロ・デッラ・フランチェスカは、初期ルネサンスを代表する画家の一人であるだけでなく、「遠近法」をはじめとする数学、幾何学の著作を3冊も残す優れた数学者の一人でもありました。この当時の画家の中では際立って知的な性格を持ち、遠近法の研究と、それを応用した画面構成によって知られています。
しかし、この作品は抒情的で、光と色彩に対する繊細な感受性にあふれています。決して、画面の均衡だけに拘るものではありません。このあたりに、ピエロの画家としての豊かな感性が伝わります。そして、美術史上、夜の情景を描いた最初の作品の一つとも言われているのです。
★★★★★★★
アレッツォ、 サン・フランチェスコ聖堂主礼拝堂 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎ルネサンス美術館
石鍋真澄著 小学館(2008/07 出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎イタリア絵画―中世から20世紀までの画家とその作品
ステファノ・ズッフィ著、宮下規久朗 (翻訳) 日本経済新聞社 (2001-02出版)