またのタイトルが「受胎告知」です。
マリアが精霊によって身籠もる「受胎告知」の場面を、画家たちは、それぞれの時代の神学的解釈、自らの内的な必要に応じて、さまざまに描いてきました。
大天使ガブリエルがマリアのもとに来て、
「恵まれた者、喜びなさい。主はあなたとともにおられます」
と告げたときのマリアの驚きと戸惑い。その一瞬を描いたものですが、このマリアと天使のポーズはなんとも象徴的です。
純潔の象徴である白百合を手にした天使と聖母の、互いに差しのべられた手が対角線をなして、画面全体に動きを与えています。まるで、踊るようにしなやかなポーズのマリアは、書見台から身を乗り出して、伏し目がちに、そしてつつましく天使の声に耳を傾けています。
それにしても、このようにさわやかな動勢の感じられる「受胎告知」が他にあるでしょうか。生き生きと優雅に、画面全体が息づいています。天使の羽根のみごとさも印象的で、今にも空へ飛び立ちそうな躍動感があります。
他の画家には絶対になかった、自由な発想と奔放な構成で、写実を超えた豊かな表現を実現したボッティチェリのすぐれた画業。それは、彼の死後、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロらの名声のかげに隠れて、忘れられてしまった時期もありました。
でも、彼の香り高く詩的な特質は、時代を超えて現在の私たちを十分に酔わせてくれます。
★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館蔵