祭壇のはるか上から降り注ぐ黄金色の光線の中、神の愛の矢で心臓を貫かれた聖女テレサは、信じがたいほどの陶酔の表情を見せています。
このテレサの恍惚とした美しさには心を奪われます。肉体的な痛みと精神的な喜びが交錯するこの完璧な表情が、ただの石で出来ているということに、私たちはただただ驚嘆してしまうのです。また、矢を手にした天使の、笑いを含んだような不思議な表情も、どこかパルミジャニーノの描く天使のように妖しい美しさで、その翻る衣のひだの精妙さも合わせて、ここに展開する劇的空間とその美しさには、あらがいようもなく引き込まれていくばかりなのです。
聖女テレサは、スペインのカルメル修道会の修道女です。貴族の娘として生まれながら、父の反対を押し切って修道院に入った強い意思の持ち主でした。神秘主義的で厳格な修道女であり、彼女の所属するカルメル修道会の改革を指導し、「跣足カルメル会」を創設したことでも有名です。彼女は心霊的な経験を書き残しているのですが、その中に、この「聖女テレサの幻視」というエピソードも含まれていました。もしも、これが古代神話から主題をとった作品ならば、天使はけっこうイタズラっぽいキューピッド、聖女テレサの陶酔も、きわめて肉体的なものとなったことでしょう。
しかし、そのきわどさの中でも、この作品の二人の姿は、上部からの光が効果的に照らすように工夫されています。すると、雲の上の二人はまぶしい白さの中の神聖な空間に位置し、非常に非物質的な存在に見えてきます。ここで私たちははじめて、これはまさしく幻像であることを深く納得するのです。そして、二人の上の空間は、言葉では表現し得ない神秘的なエネルギーによって満たされているようです。そのエネルギーは、まっすぐに降り注ぐ黄金の光線という形で表現されているわけですが、このような効果のねらい方ははっきりとルネサンス彫刻とは趣を異にしたものだと言えます。例えば、ミケランジェロの『ダヴィデ』をはじめとした彫像たちは、そのエネルギーが内側に閉じ込められることによって、凄まじい力の内蔵が実現されたのです。しかし、バロック彫刻は違いました。周囲の空間をもひきこんで、その周り一帯に活気を与えたのです。空間へのエネルギーの充填が、まるで舞台劇のように私たちに複合的な幻像を見せてしまうのです。
そういう意味では、作者ベルニーニが演劇に情熱を傾けていたということは、面白い示唆であると思います。また、彼は17世紀最大の彫刻家であると同時に、建築家でもありました。ベルニーニは、建築、彫刻、絵画を一つの統一体に融合させることに成功した人であり、この作品はその全盛期のものなのです。バロック時代は、規模の大きな単一の建物以上に、より大きな新しい形態の創造が推し進められた時代と言えるのかも知れません。
そんなベルニーニの造形した天上の幻視は、なんとも魅惑的です。最高に高まった緊張の瞬間…それを私たちは、聖女と天使とともにリアルタイムで体験しているようです。
★★★★★★★
ローマ、 サンタ・マリア・デルラ・ヴィットーリア聖堂、コルナーロ礼拝堂 蔵