私たちの平凡な家庭の日常にも、ふと天使が訪れてくれそうな….そんな瞬間があるものです。レンブラント特有の、少し黄ばんだ薄光の漂う室内にも、そんな静かな幸せが満ちています。
柳の小枝で編んだ揺りかごに眠る幼な子の頭部には、それとわかるほどのかすかな光が差し、その聖性が感じられます。それでも、小さな手を掛け布団の上にちょこんと出して眠る姿は、どこにでもいる赤ちゃんと同じ….。そんな我が子を、聖母は読みさしの本からそっと顔を上げてのぞき込み、静かな寝顔に安堵します。
質素で穏やかで平和な光景….聖母子の背後では、聖ヨセフが斧を手に、大工仕事に余念がありません。こんなに優しく穏やかな聖家族の家長として、彼は何ごとかをゆっくりとかみしめているかのようにも見えます。
この頃、レンブラントはまさに、画家としての円熟期を迎えていました。光はやわらかく徐々に闇に融け入り、大気のぬくもりはひそやかに画面を満たし、単純化された筆は、より着実に対象をとらえるようになっていました。そして、とり上げるテーマにもまたかつての劇的な要素は消え、人物一人ひとりの心の奥の声に耳を傾けるような、そんなひそやかな和らぎが沈静しています。
作品中のマリアのモデルは、後に彼の事実上の妻となるヘンドリッキェだと言われています。最初の妻サスキアの華やかな美しさとは違う純朴さと優しさを伴侶に求めるようになったレンブラントの心の変化もまた、画面に満ちる至福の時に円熟味を与えているようです。
ところで、レンブラントの作品の中には、背景の薄闇の中に、不思議に立ち上る精神の渦巻きのようなものがあることに、私たちはしばしば気がつきます。それはまるで、画家の魂の渦巻きそのもののようで、レンブラントの宗教的精神が秘められているかのようです。そして、この作品では、その上方から天使たちが舞い降り、画家が心休める場所を探し当てたようで、それを見守る私たちもまた、安らかな優しさで満たされてしまうのです。
★★★★★★★
レニングラード、 エルミタージュ美術館 蔵