にわかにめまいがしそうなほどのスピードで画面全体が動いているように感じられるのは、その独特な筆致のゆえでしょう。短く、途切れがちな落ち着きのない筆致は、それがかえって作品に輝きを与え、速度と動きを感じさせるのです。
この魅力的な画面を実現させたのは、イタリアの画家一家、グアルディ一族の長男で、ヴェネツィア・アカデミーの創立者の一人でもあったジャンナントニオ・グアルディ(1699-1761年)です。彼には13歳年下の弟フランチェスコがおり、どちらかと言えばカナレット風の都市景観画家だった弟のほうが有名なのですが、二人の筆致の躍動感はよく似ています。そのため、後世においても議論の残る作品も多いのですが、そのことからも分かるように、ジャンナントニオはフランチェスコの師でもあり、現在では、18世紀のヴェネト地方で最も興味深い画家の一人として揺るぎない地位を保っているのです。ところが意外なことに、150年近くも彼は忘れ去られた画家でした。20世紀に入って、美術史家たちに再発見されるまで、ジャンナントニオのこの圧倒的な新しさをもった重要な宗教画は、聖堂の中で静かに眠っていたのです。
しかし、なんと華麗で凝りに凝った作品でしょうか。聖人たちに囲まれた聖母を頂点に、5人の聖人がそれぞれの表情で生き生きと描かれています。幼いキリストの、どこか大人びたロココの婦人を思わせる美しい巻き毛も、この画家ならではの表現なのでしょう。すべてが動き、すべてが壮麗な、ジャンナントニオの様式を最大限に示した作例と言えるのではないでしょうか。
ところで、聖母子を取り囲む聖人たちは、その持ち物、出で立ちから推測することができます。向かって左上でロザリオを手にするのは、額に星を持つと言われた聖ドミニクス、その下で本に炎を放っているのが、エフェソスで異教祭司たちを改宗させたという伝説を持つ聖パウロではないでしょうか。さらに、その右側でライオンを従え、執筆に余念のない枢機卿は聖ヒエロニムス、その上には、身に矢を受ける聖セバスティアヌスの姿もあります。そして、聖母の向かって右側で棕櫚の葉を持ち、うやうやしく目を伏せているのは福音書記者聖ヨハネかと思われます。彼はキリストの磔刑、聖母の死、聖母の被昇天の場面にも登場し、いつもマリアと共に在る人でした。
ところで、ジャンナントニオの描く世界、その輝きは、どこかジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロに通じるものを感じます。その華麗さ、豪華さのゆえでしょうか。実はティエポロは、グアルディ兄弟の姉と結婚しているのです。18世紀最大のヴェネツィア派の画家ティエポロの演劇性豊かで明快優美な画風は、グアルディ兄弟にも確かな影響を与えているに違いありません。
★★★★★★★
ベルヴェデーレ・ディ・アクイレイア(ウーディネ)、 教区聖堂(ゴリツィアの総主教聖堂に寄託) 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎キリスト教美術図典
柳 宗玄・中森義宗編 吉川弘文館 (1990-09-01出版)