突然の出現に、聖母は喜びよりも驚きでいっぱいです。予想もしなかった我が子との再会に、一瞬声も出なかったのでしょう。神の子を授かったときから、こうした事態は十分わかっていたのでしょうに、やはりマリアの生涯は常に驚きに翻弄され続けたものだったことがうかがえます。
キリストが十字架にかけられて死後3日目に蘇ったという事実は、キリスト教の教義の中で最も重要なものの一つです。キリストはその身とともに昇天するまでの40日間、地上にとどまったとされています。ただし、キリストの墓場からの回帰を実際に目撃した人はいません。後の弟子たちへの出現から、復活の事実が確信されているのみです。
ですから、このような場面が本当にあったのかどうかはわかりません。聖痕も生々しい痛々しいキリストですが、復活してまず最初にお母さんに会いに来たなんて、何だかうれしく微笑ましい図でもあります。心なしかキリストの表情も「お母さん、心配かけてごめんね」ふうであるのも、なかなかいい感じの作品なのです。
作者のファン・デル・ウェイデン(1399-1464年)は、巨匠ヤン・ファン・エイクと並び、初期フランドル絵画を代表する非常に重要な画家です。1427年に故郷トゥルネで活躍した画家ロベルト・カンパン(1375/79-1444年)の工房で修業を始めています。1432年に親方となり、36年にはブリュッセルで「市の画家」に任命されました。このとき市政府は、ウェイデン没後に「市の画家」を任命することはないと明言しています。つまり、これは特別措置であり、余人をもって代えがたい画家であると最大級の賛辞を与えたわけです。
ウェイデンは、いわゆる宮廷画家ではありませんでした。あくまでも市井の画家だったのです。ただし、「市の画家」となった彼は一般の職人画家とは一線を画す特権化された存在でした。実際、ブルゴーニュ宮廷にも出入りしており、公邸の装飾に関する記録には彼の名が残っています。
初期のころこそ師であるカンパンの影響を背負っていましたが、やがてより優雅に、写実的に、洗練されたウェイデンならではの様式を身につけていきます。殊に彼が得意としたのは、鮮烈な宗教感覚だったかもしれません。この「聖母の前に現れる復活後のキリスト」からも、胸に迫るような情感がはっきりと伝わってきます。
ところで、この作品を右翼とする三連祭壇画「ミラフローレス三連画」は、つい最近までウェイデンの作ではなく、スペインで活躍したフランドルの画家ファン・デ・フランスの手になる忠実なレプリカとされていました。そして、メトロポリタン美術館にある「グラナダ=ニューヨーク三連画」こそがウェイデンのオリジナルとされており、それを疑う者はいませんでした。
しかし、近年の進んだフランドル絵画研究により、ベルリン絵画館におさめられている本作には、下描きの時点で数多くの変更がなされていたことが発見されたのです。輪をつくったキリストの右手の指はもともとは真っすぐに伸びた状態で、また、祈祷台も当初は存在せずに下描きがなされていたのです。
片や、長年ウェイデン作のオリジナルとされていたメトロポリタンの「グラナダ=ニューヨーク三連画」には、試行錯誤の跡がありませんでした。さらに、「グラナダ…」に使われているオーク材は、ウェイデンの死後に伐採されたものであることも年輪の調査によって判明したのです。
このことから、今ではこの「ミラフローレス三連画」こそがウェイデンの真作であると特定されています。
興味深いことに、美術史の研究は人文科学の分野でありながら、理系の分析に大きく左右されるものとなりました。赤外線、超拡大写真、顔料の化学分析、そして年輪年代判定法の登場により、それまでの目利きの経験と勘だけに頼っていた作者判定は劇的な進歩と変化を遂げたのです。
★★★★★★★
ベルリン国立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)
◎アートバイブル
町田俊之著 日本聖書協会 (2003-03-15 出版)