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「聖母の死」

ヒューホー・ファン・デル・フース (1477-82年)

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  死の床の聖母を、十二使徒が取り囲んでいます。質素な室内に、使徒たちのそれぞれの思いがあふれ、それが個々の劇的なポーズによって強調されているのです。やや大げさとも思える使徒たちの表情や、あまりにも鮮やかな色彩、そして、意外にもきっちりと計算がなされた対角線的構図によって、画面は異常な緊迫感を伝えています。
 青白い顔の聖母の頭上には、聖痕を示しながら両手を広げるキリストが現れ、天使の一団を従えています。聖母の魂を集める用意をしながら、その表情は穏やかです。しかし、その存在に使徒たちは気づいていません。これは、聖母自身が見ている幻視なのです。そして、もしかすると、画家自身の幻視の一部であったのかもしれません。

 ヒューホ・ファン・デル・フース(1440頃-82年)は、15世紀後半にネーデルラントで活躍した、非常に重要な画家です。1474年にはヘントの画家組合長となりましたが、その後間もなくヘントを離れ、ブリュッセル近郊のローデンダーレ修道院の見習い修道士となってしまいます。ところが、1481 年、ケルンに出掛けた帰路、突然発狂したと言われ、翌年、同修道院で死去しています。
 フースには、他の画家にはない独創的な才能が秘められていました。ヤン・ファン・エイクやロヒール・ファン・デル・ウェイデン等の先達に範を求めながら、彼の作品には、人間の深い情感が漂い、何よりもそこに私たちは引き込まれていきます。もしかすると、それこそがフースの不安定な精神を反映したものであったとしても、「聖母の死」に見られるような異常な緊迫感には、鑑賞者の目を釘付けにする迫力がみなぎっているのです。

 この作品の中で、聖母と天上のキリスト、天使たち以外は、ごく普通の人々です。手足は汚れ、風雨にさらされてきた衣服や顔は疲れきっています。
 それでも、使徒の筆頭であり、キリスト教会の設立者であるペテロは、15世紀の司祭の外衣を身につけてロウソクを手に持ち、静かに弔いの儀式を執り行っています。死にゆく人に火のついたロウソクを与えるのは、この時代の習慣でした。
 聖母の傍らで、彼女に寄り沿う赤い衣の使徒は、福音書記者・聖ヨハネです。彼はまだ年若く、その表情からは深い悲しみが伝わります。のばした手は、実の母を恋うる子供のようでさえあります。
 そして、前景で呆然とした表情をこちらに向ける使徒は、あたかも、この画面に見る者を引き込もうとする画家自身のようにさえ見えます。彼の手にした本は、すでに閉じられ、左側の青い衣の使徒の足元にはロザリオが落ちています。これらはまるで、聖母の死とともに使徒たちの命もまた終わることを示しているかのように絶望的です。彼らは、もう十分に疲れ切ってしまったのです。
 ファン・デル・フースの苦しみは、自らの作品がヤン・ファン・エイクの「ヘント祭壇画」を凌駕し得ないことにあったと言われています。その真偽のほどは定かではありません。しかし、生への不安をかき立てるような、フース最晩年の傑作として知られるこの作品は、後年の模写や素描などに残されており、後の画家たちに強い影響力を示しています。

 「聖母の死」という主題は13世紀後半の、聖人たちの伝記を集めた『黄金伝説』によって知られますが、聖書に書かれたものではありませんでした。そのため、16世紀後半、トレント公会議において、こうした聖書に基づかない”中世的”な主題は拒否され、その後、このテーマは急速に衰えてしまったのです。

★★★★★★★
ブルージュ、グルーニング市立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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