聖母子とは、この世のものとは違う聖なる存在です。たとえ群衆の中に描かれたとしても、まるで、今にも蜃気楼のように消えてしまいそうな雰囲気を漂わせて描かれるのが通例でした。しかし、この聖母子は、何か少し違うように感じられます。
ジュリオ・ロマーノといえば、パラッツォ・デル・テの「巨人の間」等に見られるような奇想のイリュージョニズムを思い浮かべます。とにかく大きくて恐ろしいような、こちらに向かって世界が崩れかかってくるかと思われるような作品ばかりが印象に残ります。
しかし、この秘やかな37×30.5㎝という小品は、なんと多くのものを語りかける魅力に満ちていることでしょうか。個人の礼拝用に注文されたに違いない美しい聖母子像は不思議なほどに人間的で、どこか意味ありげな視線を投げかけています。
この聖母子像は、ジュリオ・ロマーノの作品の中でも、殊に師であるラファエロに最も近い雰囲気を持っていると言われています。そして、聖母は実はラファエロが描いた「ラ・ヴェラータ(ベールの女)」のモデルと同じ女性である、との説もあります。二人のいる場所が家の中であることも、家庭的で親密な雰囲気を醸し出す効果を上げているようです。
ジュリオ・ロマーノ(1499-1546年)は、16世紀イタリアのマニエリスムを代表する画家であり、建築家でもありました。本名はジュリオ・ピッピといい、「ロマーノ」という通称は「ローマ生まれ」という意味でした。
ラファエロの工房で修業し、1520年に師が没してからは、多くの仕事を引き継いでいます。その後、1524年にはマントヴァへ赴き、フェデリコ・ゴンザーガの宮廷画家兼建築家として迎えられています。
このころから、ジュリオ・ロマーノの芸術は大輪の花を咲かせます。その並外れた享楽性と誇大妄想趣味は人々を驚かせ、「世にも奇想天外な着想」と評されるようになるのです。
しかし、この作品はその直前、そして、ラファエロの死のころだったと思われます。師への思いが凝縮されたような、親密で美しい聖母子は、500年を経た今も、不思議な微笑を含んで何事かを語りかけてくるのです。
★★★★★★★
ローマ、 国立古典美術館(パラッツォ・バルベリーニ) 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)
◎ルネサンス美術館
石鍋真澄著 小学館(2008/07 出版)