何事かを語りかけてくるような卵形の顔をした聖母は、仏像彫刻のような不思議な趣きです。微かに微笑しているのは、成長著しいわが子の利発さに安堵しているからかもしれません。一方、今にも画面のこちら側に乗り出してきそうな幼いキリストは、広い額と金色の巻き毛で、とても大人びた表情が印象的です。二人はすでに、数々の大切な会話をしているように見えます。
14世紀のボローニャの絵画には、保存状態の悪いものが多いのですが、この板絵も例外ではないようです。しかし、金を多用したその装飾的で豪華な雰囲気は十分に伝わり、人物の表情や視線に見られる表現力の豊かさに魅了されるばかりなのです。
ヴィターレ・ダ・ボローニャ(1330?-1361?年)は、本名をヴィターレ・デリ・エクイといい、ボローニャ派の始祖とされる画家です。彼は、さまざまな流派から影響を受けつつ、独自な画風を確立しています。
というのは、イタリア美術の大きな特徴が、制作地や流派の多様性にあるからです。それは、イタリアが、19世紀も後半になってやっと統一国家となった国で、それまでは様々な国と勢力がひしめいていたという事情があったからです。しかし、画家たちは、あちこちに旅行をして見聞を深め、諸流派の交流はごく自然に行われました。このため、イタリア絵画は奇跡的な統一性を保ったのです。
ヴィターレ・ダ・ボローニャも、さまざまな流派から、説話的な表現や上品さ、崇高さ、ドラマ性といったものを学びました。中でも、彼が最も影響を受けたのが、写本挿絵だったと言われています。
各地の修道院を中心に発展してきた写本装飾は、正確に対象をとらえ、時には大胆なデフォルメも辞さない自由なものであり、画家の心を捉えたのも頷けます。さらに、写本装飾の魅力は、その圧倒的な色彩の美しさであり、人間や動物を問わない豊かな感情表現です。聖母のこの微妙な表情、イエスの生き生きとした動きを見るとき、私たちは、たくさんの要素が融合した魅力的な画面に、ごく自然に引き込まれてしまうのです。
聖母の足元で合掌するのは、おそらく注文主なのでしょう。大きな聖母子を見上げ、感動の面持ちです。聖母の顔と幼な子の身を包む薄いヴェールの繊細な襞が、聖なる存在としての巨大さをやんわりとカバーしてくれているようです。ヴィザンティン風の豪華な金糸をあしらった衣装をまとい、ニュアンスを感じさせる微笑を含んだ聖母は、700年の時を超えて、今も私たちに親しみ深く語りかけているようです。
★★★★★★★
ボローニャ、 ダヴィア・バルジェッリーニ美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)