聖母マリアの手に抱かれながら一生懸命指しゃぶりをしている幼な子イエスの、頭にのせている円光もちょっと平べったくて、なんだか笑ってしまいそうです。
どんな子も指をしゃぶる時にはまじめな顔になってしまうものですが、神の子イエスもまた例外ではないようで…..おそらく、このイエスは、聖母マリアから母乳をたっぷりもらっていて元気なのでしょう。だからこそ指しゃぶりも元気いっぱい。なんとも微笑ましい聖母子像です。
しかし、母と子の手のなかにひっそりとおさめられた葡萄の実は受難の予告です。そう思ってよく見ると、足元でリュートを弾く天使たちも、脇で手を合わせる天使たちも、なんだかとても悲しそうで、いたましくさえ見えてきてしまうのです。
マザッチオの人物表現は、いつもとても堂々としています。この作品の聖母マリアもそうなのですが、ジオットの伝統に連なる表現方法です。しかし、マザッチオに特徴的なのは、ジオットのように輪郭線にたよらず、光の明暗によって量感をしっかりと表すところにあります。それはマリアの衣にもよく表れていて、深い美しい青のマントの、自然な流れるようなひだは、みごとな明暗で表現されていて、ジオットのものに比べるとずっと自然な量感にあふれているのです。
また、空間の描き方もたいそう奥深くて、マザッチオはジオットの空間表現を継承しながら、現実性をぐっと高め、柔軟でリアリスティックな画面を展開することに成功しています。
キリスト教美術は権力者に庇護されながら、各時代さまざまな条件に影響されつつ、数知れない作品群を残してきました。しかし、どの権力者のもとにあっても絶対的に変わることがなかったのは、神の子イエスが人間の子として生まれ、十字架にかけられて死に、そして復活したという教義でした。また、どんなにきらびやかな表現をされていようと、その奥にあるのは、イエスが市井の貧しい赤ん坊であったこと、死刑という行為に用いられたのが十字架であること、そして聖なる赤ん坊を産んだのは貧しい一人の清らかな少女であり、彼女を地上でただ一人の特別の女性にしたのが、神の恵みとマリアの無垢な信仰であったことでした。
三次元の空間をみごとに再現した「一点消失透視図法」を最初に用いた若き天才マザッチオ….しかし彼は、ローマ滞在中に、わずか26歳で神のもとに召されてしまうのです。
★★★★★★★
ロンドン、 ナショナルギャラリー蔵