聖母の腕からそっと幼子を受け取り、静かに礼拝するのは聖クララです。彼女は、イタリア語で聖キアーラと呼ばれ、貧しきクララ女子修道会の創設者でもあります。貴族出身ながら若くしてフランシスコ会に入会し、厳格な生活態度を貫き、フランシスコ会の清貧の理想を模範的に実践した人物だったのです。
そんな聖クララを厳かに見つめる聖母と天使、そして目を見開いて見返す幼子イエスの瞳の力には意外さを禁じ得ません。静かな聖クララの表情が、こうしているうちにも至福に満ちていくようです。聖なる御子に見つめられて、聖女は思わず目を伏せずにはいられなかったのかもしれません。
オラツィオ・ローミ・ジェンティレスキ(1563-1639年)は、芸術一家の一つ、ジェンティレスキ家の一員であり、ローマの叔父の工房で長く修業を積んでいます。そして、彼が画家として世に出たのは40歳を過ぎてからでした。1610年代後半、カラヴァッジョの強い影響を受けましたが、ジェンティレスキはその強い明暗表現を、本来彼が持っていた巧みな描線と写実性に生かし、完成度の高い絵画へと昇華させていったのです。ジェンティレスキの洗練された画面は多くの貴族やパトロンから称賛され、見る者を裏切らない美しい絵画表現は多くの人々から愛されたのです。
この祭壇画は聖人たちの内面性までも細やかに表現した、ジェンティレスキらしい優美な作品です。しかし、それだけではなく、聖母の後方から射す光の暖かさが画面全体を幸福に優しく包み込み、鑑賞者までもこの幸福なひとときの一員にさせてしまう不思議な力を持っているのです。
★★★★★★★
ウルビーノ、マルケ国立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎新約聖書
新共同訳 日本聖書協会
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)