この静謐で穏やかで瞑想的な雰囲気は、まさしく「サクラ・コンヴェルサツィオーネ」…イタリア語で「聖なる談話」を意味する聖人を配したマドンナの表現なのです。これまでにも、ドメニコ・ヴェネツィアーノの描いた同種の『聖母子と聖者たち』など、この型の作品は多く描かれています。しかし、私たちはこの絵を前にしたとき、大げさな身振りなど何もない、人物相互の深い交感をこそ味わうことができるのです。
画面全体はほのかな靄のようなもので浸され、まるで大気の拡散フィルタを通して眺めるかのようで、私たちはふっと、ここが海の底なのではないか、という錯覚にさえ陥ります。コントラストはいっさい排除され、明暗はほとんど感じられないほどのかすかなグラデーションのうちに溶け合って、深い豊かな色彩が輝いています。それにしても、なんと静かな、時がその歩みを止めたような瞬間でしょうか。ここにはフィレンツェ派の持つ崇高さと、ヤン・ファン・エイクに見られるような北方的な詩的親密感が、ひそやかに息づいているようです。
この作品は、ベルリーニ最晩年の、そしてもっともモニュメンタルな「聖会話」の図です。高齢の画家は、この作品を制作するにあたり、背景の建築を実に簡素に、だからこそ印象的に描きました。私たちは最初、教会堂の中に立っているような感じを持ちますが、ここに描かれた構造は実際の教会堂のそれではありません。ドメニコ・ヴェネツィアーノが半ば戸外のような背景に人物を配したのと同じように、この教会堂の両側も実は戸外に開かれていて、場面全体に穏やかな陽光が溢れているのです。聖母の玉座は背が高くしっかりとした造りで、その足元に腰をかけ音を奏でる天使は、マザッチオの 「玉座の聖母子」に由来していると思われます。私たちはそこに、マザッチオからの流れの中で、よりいっそうの洗練と静謐さを感得し、この絵の意味を何一つ知らなかったとしても、それはそれは厳かな感銘を受けてしまうのです。
ベルリーニは初期ルネサンスの最も重要な画家マンテーニャの義弟にあたり、16世紀ヴェネツィア派の基礎を築いた人物でした。彼は伝統的なテンペラ技法に対し、いち早くアントネロ・ダ・メッシーナの油彩技法を取り入れ、光と色彩に対する生来の感受性をさらに輝かしいものにしていきました。彼の描く聖母や聖人たちには血がかよい、人間としての尊厳が宿ります。長い生涯において、彼は弟子にあたるティツィアーノからの影響さえも素直に取り入れ、晩年までその叙情的な資質に磨きをかけ続けました。そんな彼の柔軟で旺盛で前向きな姿勢は、ヴェネツィア派をフィレンツェに次ぐ初期ルネサンスの中心画派へと育てていったのです。
★★★★★★★
ヴェネツィア、 サン・ザッカリア聖堂 蔵