天井を見上げて立つと、ただただ吸い込まれていきそうな上昇感に圧倒されます。直径11メートルの巨大な画面の中央の様子は、よくよく観察しないと何が何やらわからないほどですが、天上へと昇る聖母マリアやそれを導くイエス、その周りにはうねるような雲の合間にさまざまな人物が描き出されています。見たこともないイリュージョン。初めてこの天井を見上げたときの人々の驚きと忘我は想像を絶するものだったに違いありません。
極端な短縮法を使い、まるで聖堂の天井がそのまま天まで突き抜けているかと思わせる劇的な空間構成は、この後のバロック期の壮大な天井画へとつながるものです。そのうえ、コレッジョ独特の品のある銀白色の輝き、艶めき、そして強い明暗表現は、大勢の登場人物たちの浮遊感をさらに強調するものとなっています。
聖母マリアは、その母であるアンナの母体に宿った瞬間から「アダムの罪(原罪)」からは保護された存在と信じられてきました。これが「無原罪の御宿り」です。ですからマリアは存在の初めから神とともにあり、人間としての死に際しては魂だけでなく肉体も一緒に昇天することになります。これがタイトルにもある「聖母被昇天」なのです。
死の3日後、マリアは神によって天に引き上げられます。通常の「聖母被昇天」では、奇跡の目撃者としてマリアの墓前で祈りを捧げるイエスの弟子たちが描かれますが、この作品ではクーポラ(天井)を見上げる私たち鑑賞者自身が使徒となり、この光景をただひたすらに見上げる目撃者となります。はるか彼方で繰り広げられる聖母の昇天、そしてその先に無限に広がる光に満ちた天上を、私たちは声にならない感動をもって体感するのです。
このような斬新な発想で作品を実現したコレッジョ(1489年頃-1534年)は、パルマ近郊の町コレッジョの出身で、若いころにはマントヴァに滞在して同地の宮廷画家マンテーニャの影響を受けたと言われています。しかしその後パルマに戻ってからは、死ぬまで故郷を離れることはありませんでした。45歳で病死しましたが、聖母子を美しく親しみ深く描いた宗教画の数々は今でも多くのファンを魅了しています。多くの画家から学び、特にレオナルド・ダ・ヴィンチに由来する自然描写とスフマートに熟達しており、当時、ラファエロに次ぐ第2の画家とされるほどの評価を受けていました。
ところで、この天井画はとにかく足が目につきます。その類まれな表現は、「カエル足のシチュー」とも酷評されたようで、斬新すぎてなかなか受け入れがたい人々も多かったようです。そして、中心で飛んでいるイエスはすぐにわかりますが、聖母がどこにいるかおわかりでしょうか。ぜひ目を懲らして見つけていただければと思います。
★★★★★★★
イタリア、 パルマ大聖堂 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎ルネサンス美術館
石鍋真澄 (著、監修) 小学館 (2008-10-24出版)
◎不朽の名画を読み解く
宮下規久朗著 ナツメ社 (2010-7-21出版)