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「胸に手を置く騎士」

エル・グレコ (1578-80年)

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「WebMuseum, Paris」のページにリンクします。

 黒の背景の中に、黒衣を身にまとった端正な騎士の姿が浮かび上がっています。
 顔の輪郭をふちどる襟飾りと胸に当てた右手のしなやかな指が、彼をこの世界の人間であると知らしめてくれているようです。

 あらためて言うまでもなく、グレコは卓越した肖像画家です。しかし、なぜか女性の肖像画が極めて少ないのが、古典の名画家たちとは異なるところです。たまたま注文が少なかったという見方もありますが、彼自身の好みが、男性肖像画にあったことも否めない事実のような気がします。そして、それらは、どれをとっても傑作ばかりで、気品にあふれたものばかりなのです。
 この絵のモデルが誰であるかは謎ですが、この気高い雰囲気を身にまとった姿だけで、十分に、当時のスペイン貴族の厳粛さや誇り高さが伝わってきます。首から吊された金の鎖と衣装の陰から半分それとわかる金のメダル、左手で捧げ持つことで身分を明かす高価な剣、そして胸に手を置く姿から、彼が宣誓する騎士であることがわかります。
 しかし、その視線からは苛烈さが失われ、どこか遠くを見やっているように見受けられることから、もしかすると、死後の肖像かとも考えられます。

 グレコの描く肖像画に共通しているのは、対象となる人物を飾り立てることなく描いていることです。そして、その人物そのものを、威勢を誇示することなく描ききっているため、彼が確かに存在していることを、生身の人間であることを、強く印象づけてくれるのです。その髪や額やひげ、眼玉や衣服や剣を通して、それらの向こうにある、その人物の性格、ひととなりを生き生きと感じさせてくれるのです。
 それは、忠実な写生・・・ということではなく、写生に縛られることのない、グレコ自身の自由な心のはばたきのような気がします。自分が美しいと思い、気高いと思うものを自由に描くことで、自身を解放し、自らの感性がとらえた対象に肉づけをし、思想や感情、生命を吹き込んでいったのではないでしょうか。
 ともあれ、この2年前にスペインに来たことによって、華やかなイタリア的雰囲気は消え、厳しく簡素なスペイン型の肖像画となっています。

★★★★★★★
マドリード、プラド美術館蔵



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