生きている花です。ウネウネと動き、叫び、手を伸ばす、まさに命を持った花たちです。花瓶という枠などお構いなしに、彼らは自由勝手に今も動き回っているのです。
このみごとな花たちを描いたのは、ヤン・ダヴィス・デ・ヘーム(1606-84年)です。しかし、このあふれるような色彩、装飾性は、彼が最初から持っていたものではありませんでした。
デ・ヘームはユトレヒトに生まれ、1629年にレイデンに移ってからはクラースやヘダに触発されて、モノクロームに近い色調で書物や簡素な軽食図を描いていました。しかし、36年にアントウェルペンに移住してからは、ダニール・セーヘルス(1590-1661年)という画家から決定的な影響を受け、華麗な静物画家へと変身していったのです。
このセーヘルスは、花の画家として知られるヤン・ブリューゲル(1世)を師として育った画家です。セーヘルスは師の繊細な描法をさらに洗練させて成功した画家であり、最も得意としたのが花にかかわる作品でした。デ・ヘームは、このセーヘルスから、透明で華やかな色彩、変化に富んだ構図を貪欲に吸収していきました。そして、それを独自の画風に昇華させたところにデ・ヘームの才能の輝きが感じられるのです。
小さなグラスにぎっしりと生けられた大小さまざまな花たちは、それぞれに表情が違います。蕾あり、今を盛りと咲く花あり、もう既にしおれかけたものもあり……。画家の丁寧な観察眼は、みごとな写実となって結実しています。さらに曲がりくねったモティーフの多用は、画面をより華麗に彩ります。
デ・ヘームは常にあり余るほどのモティーフを色彩豊かに描き出しながら、それらは決して煩わしい印象を与えません。そのあたりに、この画家の明暗や構図の処理に対する能力を見ることができます。とにかく賑やか、しかし気品を損なうことなくあくまで華麗。それが17世紀半ばのオランダ静物画において、他の追随を許さないデ・ヘームの真骨頂なのです。
★★★★★★★
ワシントン、 ナショナルギャラリー 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社(1989-06出版)
◎バロック1 世界美術大全集 西洋編16
神吉敬三, 若桑みどり 編集 小学館 (1994-05出版)