シーン…と耳の奥に音が響きます。無音のはずの場面にも音があるのだと実感される、ひたすらに美しく静かな作品です。清潔な光が控え目に画面左側から差していますが、この空間はただそれだけで全てが完結しているようです。
17世紀スペインのセビーリャで活躍したスルバラン(1598-1664年)は、静かで神秘的な宗教画を得意とした画家です。「修道院の画家」と呼ばれました。そんな画家が描いた器たちは西洋の静物画史上恐らく最も美しく、最も人々に愛されました。スルバランはこういった静物画の傑作を多く残しましたが、いずれも余分なものを一切排した禁欲的なものでした。それはまさに宗教画と呼びたいような静謐な作品ばかりであり、スルバランその人の姿が浮かび上がってくるようです。暗闇にひっそりと佇む器たちの呼吸が、時を超えて私たちにも確かに感じられます。
ところで四つ並んだ器は、それぞれ違う素材でつくられています。左から銀メッキのカップ、素焼きの壷、粘土の壷、そしてトリアナ焼きという陶磁器です。その質感の違いもわずかな光の中で鮮明に描き分けられ、照り返しの変化も見事です。これらには水が入れられたはずであり、清らかな水は聖母マリアの象徴です。そして聖母像にはしばしば水差しや花瓶が描き込まれました。信心深いスルバランは、実はここに聖母を描いてたのかもしれません。
若くしてセビーリャ派最大の画家となったスルバランでしたが、やがて19歳年下のムリリョの登場によってその人気を奪われました。ムリリョの親しみやすい優美な画風は多くの民衆に愛され、スルバランはついには破産宣告を受けるまでになってしまいます。個人的な不幸も重なり、あまりに不遇な晩年だったといえます。最後は生涯のほとんどを過ごしたセビーリャではなく、マドリードで亡くなりました。無念な思いもあったに違いありません。しかし彼の手になる作品の美しさ、清らかさは最後まで変わることがありませんでした。それはただ、神に選ばれた画境と言うほかありません。
★★★★★★★
マドリード、 プラド美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎不朽の名画を読み解く
宮下 規久朗 (著、編集) ナツメ社 (2010-7-21出版)
◎名画のすごさが見える西洋絵画の鑑賞事典
佐藤晃子 著 永岡書店 (2016-1-20出版)
◎木村泰司の西洋美術史
木村泰司 著 学研プラス (2013-12-17出版)