そのもの寂しいタイトルとは裏腹に、なんて華やかで美しい落ち葉の集落でしょうか。東山魁夷がこんなに鮮やかな黄色を見せてくれるなんて、意外で、そしてドキドキするくらい嬉しいことです。
画伯は多彩なカラリストとは言いにくく、作品に関しては全体的に青系統が多く、同じような印象を持ってしまいがちです。でも、その青への執着、微妙なニュアンスの表現は、青の世界の極致とも言えるもので、単彩なカラリストと言ってもいいかも知れません。それほどに東山魁夷は「青の人」なのです。
にもかかわらず、1990年に開催された日展の会場の、この作品が展示してある部屋に入った瞬間、「あ、東山さんの絵だ」と、すぐに引きつけられるようにその前へ行ってしまいました。それは、大げさでなく、オーラで輝いていたからです。
鮮やかな黄色にあふれていても、その瑞々しさ、すがしさ、自然に真正面から取り組む潔さは、明らかに東山画伯のものであり、ふくよかな切れ味は、どこか名刀を思わせてくれるものでした。
それにしても、東山魁夷の絵の中には、なぜか人間は登場しません。魁夷自身、決して人間嫌いではないと思いますし、そこには彼なりの想いがあってのことだと思います。おそらく東山魁夷の描く風景や草や木や花には、人の心が象徴されているのではないでしょうか。
だから、そこに人間がいなくても、生命の、人間の暖かさはたしかに漂い、そして、見る人の心に親しみと感銘を、押しつけがましくなく与え続けてくれているのかも知れません。
★★★★★★★
長野県信濃美術館、東山魁夷館蔵