何の変哲もない、背を向けた男性の絵・・・そう思って見過ごしそうになって、オヤ・・・と思い、そして苦笑してしまいます。またマグリットに騙されてしまった・・・あまりにも日常的で、それが変だとは一瞬気づくことができないのです。こんなこと、あるわけがないのに・・・マグリットのニクイところは、非常に手堅い写実的な手法で夢の世界を描いてしまうことです。
だから私たちは最初は気づかず、そして次に底の知れない衝撃を感じて、この心に生じた矛盾をどう整理したらいいのか、途方にくれてしまうのだと思います。
目に見える現実世界を挑発的に、そして自由にアレンジしてしまうマグリットの心には、扉が無数に存在しているような気がします。
ところで、画中の後ろ姿はダリと、マグリットのパトロンであったエドワード・ジェイムズだと言われています。
鏡を使った場面というのはマグリットが好んだモチーフのひとつで、あたりまえと思われている常識を平然とくつがえす道具として用いられました。鏡に向けた視線の先に自らの視線はなく、「重要なのは、パニックの瞬間そのものであり、それを解明することはできない」とマグリット自身が語っています。
★★★★★★★
ロッテルダム ボイスマンス・ファン・ブニンヘン美術館 蔵