伏し目がちの聖母と同じ方向を見詰めるキリストの視線の先には、寄進者レオネッロ・デステが敬虔な表情で手を合わせています。狭い空間の中にギュッと詰め込まれた感じの聖母子像ですが、作者のヤーコポ・ベッリーニ(1400年頃 - 1470年頃)はジェンティーレ・ダ・ファブリアーノという国際ゴシック様式を代表する画家に師事していました。この、ある意味狭苦しい空間に人物を配置する構成は師から受け継いだものといえます。さらに精緻な細密描写、金色のハイライトを特徴とする画法もまたファブリアーノから得た教えを忠実に守るヤーコポの実直さを感じさせてくれます。王座を離れ、地面に座すマリアは「謙譲」というキリスト教の徳を表現しているといわれます。足元のシカも、聖母子の傍らでくつろいでいるようです。
ところでヤーコポ・ベッリーニといえば、15世紀に活躍したヴェネツィア派の始祖とも言われる画家です。しかしどちらかというと巨匠ジェンティーレ・ベッリーニ、ジョヴァンニ・ベッリーニ兄弟の父という印象が強いのも事実です。しかも娘ニッコローザの夫はパドヴァ派を代表する画家アンドレア・マンテーニャなのですから、何というすごい一家の家長だろうと驚嘆するばかり。ただ、多くの聖堂の壁画を制作していながら、現在ではその大部分が消失しています。現存作品の極めて少ない画家なのです。作風にはイコンや国際ゴシック様式の影響が強く残っているものの、現在も残る素描の中には遠近法を用いた空間表現も見られることから、彼が初期ルネサンスの様式も学んでいたことがわかります。ヤーコポは実に勉強家な父でもあったのです。
確認されているヤーコポの作品15点中、10点近くは聖母子をテーマとしたものです。作品にはその都度新しい試みがなされており少しずつ雰囲気が違いますが、やや平面的に描かれる点はしかたのないところでもあります。ただ、その慈愛に満ちた静かな聖母の表情は共通しており、画家の穏やかな精神性を感じてハッとさせられます。たくさん絵画を見ているとつい忘れてしまいがちですが、絵は画家の人柄の投影でもあるのです。
ところで、寄進者として小さく描かれているフェッラーラ公レオネッロ・デステは名門エステ家の家系につらなります。ルネサンス文化の重要拠点フェッラーラを学芸、文化の中心に築き上げた人物であり、一貫して平和裡に政治を行いました。美術に造詣が深く、多くの芸術家を庇護したことでも知られます。ヤーコポのほかにピサネッロ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、ファン・デル・ウェイデンの名も挙げることができます。手を合わせ聖母子を見上げるレオネッロ・デステの豪華な衣装は丁寧に描き込まれ、その繊細な横顔にヤーコポの感謝の念が宿っているようです。そして王の中の王、幼いキリストは、何もかもわかった老成した表情で彼をじっと見詰め続けているのです。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎ビジュアル年表で読む 西洋絵画
イアン・ザクゼック他著 日経ナショナルジオグラフィック社 (2014-9-11出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編 日本経済新聞社 (2001-02出版)