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「貞淑な乙女たち」

ウィリアム・ブレイク (1822年)

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 「マタイによる福音書」25章1~13節では、天の王国が十人の乙女にたとえて語られています。

 当時は、花婿が花嫁の家に到着したとき、乙女たちがこぞって花婿を出迎えるのが慣例でした。婚礼にふさわしい、華やかで楽しい演出です。ところが、このときに限って、花婿は深夜に到着したのです。
 十人の乙女のうち、五人は灯火は持っていたものの、油の用意をしていませんでした。一方、賢い五人の乙女たちは、それぞれの灯火と一緒に、壷に油を入れて持っていたといいます。
 乙女たちは、あまりにも花婿の到着が遅いので、いつの間にか眠り込んでしまい、真夜中になって
「花婿が着いた。迎えに出なさい」
と叫ぶ声で目覚め、それぞれの灯火をととのえました。
 油を用意していなかった乙女たちは、賢い乙女たちに頼みました。
「油を分けてください。私たちの灯火は消えそうなのです」。
 すると、賢い乙女たちは答えました。
「分けてあげるほどは持っていません。それより、店に行って、自分の分を買って来てください」。
 用意していなかった乙女たちが油を買いに行っているあいだに、用意のよかった乙女たち五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸は閉められてしまいました。
 油を買いに行っていた乙女たちは、
「御主人様、御主人様、あけてください」
と戸を叩きました。しかし、主人は、冷たく答えました。
「はっきり言っておく。わたしは、おまえたちを知らない」。
 それだから、目を覚ましていなさい、とキリストは言いました。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから、と。

 これは、ずいぶんひどい話に聞こえます。聖書に親しんでいない者にとっては、なんとも理不尽で、油を用意していた乙女たち、その雇い主がひどく冷たい人間にうつります。
 しかし、ここには、「その日、その時」というキー・ワードがあって、このたとえ話の持つ深い意味を感得しなければならないようです。
 ここでいうところの婚宴とは、神の招きのことなのです。人はみな、同じように招かれています。ただ、それぞれの心構えが違うということなのでしょう。宴に招かれただけで大喜びして、今見えている光り輝くような世界だけを楽しんでいるのが、油を用意していなかった乙女たち。そして、油を用意していた乙女たちは、光の源をすでに用意している人たちのことと理解できるようです。
 最後の審判のとき、油を用意していた人たちは救われる、ということなのかもしれません。

 作者のウィリアム・ブレイク(1757-1827年)は、ロマン主義の先駆者の一人として揺るぎない存在です。詩的素質にも恵まれたブレイクの作品は、神話画も聖書主題のものでも、他の画家のものとは一線を画します。ヴィジョンにあふれた彼の作品はイメージの神秘性と玄妙な色彩の魅力で多くのファンを獲得し、当代の最も偉大な画家と言われています。
 ブレイクは、靴下商人ジェイムス・ブレイクとその妻キャサリンとの間の第3子として生まれました。幼少期から絵の才能を示し、彫版師のもとで修業したあと、ロイヤル・アカデミーで版画の勉強をしています。長じてからは銅版画家、挿絵画家として生計を立てるようになっていきました。
 彼は、「幻視者」という異名を持っています。多くの彩飾本や版画、水彩画によって多数の預言書を制作し、独自の象徴的神話体系を構築していきましたが、それらは、彼自身の幻視そのもののようです。実際、ブレイクは7歳のころから何度も幻視を体験していたと言われています。

 この作品では、不安を増大するような暗い雲のたれこめた空にラッパを吹き鳴らす天使が飛び、十人の乙女が描かれています。それだけでも何やら不安を醸し出すのに、さらに、一列に並んだ”賢い”五人の乙女と、助けを求めるような”愚かな”五人の乙女たちが、マタイ書の記述とはまた全く異質な雰囲気で描き出されています。
 「さっさと油を買いに行きなさいよ」
と言っているらしい乙女たちと、それを聞いて、この世の終わりのように混乱し、嘆き悲しむ乙女たちの対比は、まさしく「最後の審判」で選り分けられた人間たちの姿そのもののようです。
 死の5年前に描かれたこの水彩は、多くの色彩を使っているわけではないのに、濃密な印象です。ブレイクは晩年、それまで続けてきたエッチングを用いず、厚紙に油絵の具で下書きした絵を水彩紙に写し取り、それを水彩絵の具で仕上げるという方法をとっていたといいます。そのせいで、この濃密な画面が実現したのではないかと思われます。

★★★★★★★
ロンドン、 テート・ギャラリー 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
      佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎ブレイクを語る
       梅津済美著  八潮出版社 (1991-04-20出版)



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