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「賢明の寓意」

ティツィアーノ (1565-70年)

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 それまでのティツィアーノ絵画の、みずみずしさ、幸福感を見た目には、この作品は非常に異様にうつります。
 晩年のティツィアーノ…最大かつ理想的なパトロンであるフェリーペ2世とめぐり会い、ジェノヴァ経由で遠いスペインに、次々と大作を送り続け、充実していたティツィアーノが、なぜこのような寓意画を描いたのか、不思議な気がします。

 この印象的でシンメトリックな画面は、「過去」「現在」「未来」の三つの「時」を表していると言われ、左から、老人、壮年の男、若い男性の顔が並び、その下には同じ向きで、狼、ライオン、犬が描かれています。
 そして、その頭上には、「過去の経験によって/現在は賢明にふるまう/未来の行為を損なわぬために」の文字がみられ、「三つの顔」と「三つの時」という観念は、それぞれ「記憶」「知性(賢明)」「予見」という人間の能力とも結びついていることを明確に示しているのです。
 また、もう一つ面白いのは、古来、ライオンは活動的であるので「現在」、狼はあらゆるものを食い尽くすものとして「過去」、人間に従順な犬は「未来」を表すとされ、ここにも三つの「時」が示されているというわけなのです。

 しかし、より私たちに興味深いのは、ここに描かれた三人の人物の顔が、実はティツィアーノ一族の顔であるという点です。ティツィアーノ工房の三代の記念的肖像画…左は75歳くらいのティツィアーノ自身、まん中は息子である40歳くらいのオラツィオ・ヴェチェリオ、そして右の若者は遠縁にあたる20歳くらいのマルコ・ヴェチェリオなのです。
 それにしても、この老ティツィアーノの鬼気迫る…と表現してもいいような厳しい表情は、どうしたことでしょうか? フェリーペ2世というパトロンを得たことによって、「色彩の錬金術」とまで言われた豊かな芸術世界をつくりあげたティツィアーノでしたが、彼にとっての不満は、後継者たちのあまりの凡庸さでした。その憤りが、このような厳しい表情になったのでしょうか。それとも、迫りくる最期の時への言葉にならない不安でしょうか。
 しかし、もしかすると、すでに彼の目は三百年後を見つめているのかも知れません。ティツィアーノの霊感にあふれた自由な筆触と、時間と空間の同時的実現という、あまりにも本質的で近代的な感覚は、すでに印象派絵画の出現を十分に予感させるものでしたから….。

★★★★★★★
ロンドン、 ナショナル・ギャラリー蔵



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