113.3×159.5㎝という大画面の中から、貧しい農民の一家がこちらを見つめています。暗い背景のなかで秩序ある構成にまとめられた人物たちは、威厳をそなえた確固たる存在として、鑑賞者の心を惹きつけます。彼らはまるで、彫像のようにそこに存在し、内省的な画面の中で静謐な世界を現出させているのです。
フランス北部のラン出身の画家ル・ナンは、じつは正確にはアントワーヌ、ルイ、マテュールの三兄弟です。三人は、制限の厳しいパリ市の画家組合を避け、サン=ジェルマン地区に定住して活躍しました。教会や私邸のための歴史画、肖像画の分野で活動した彼らは、パリ市庁やルイ13世の庇護を受け、名声を得るようになります。風俗画の領域、とりわけ農民を描いた作品に新境地を見出していきますが、古典主義的な趣味が主流となる17世紀末からは、次第に注目されなくなり、やがて忘れ去られたかたちになってしまいます。そんな彼らの作品が再発見されたのは19世紀にはいってからで、ル・ナン兄弟と同じラン出身の小説家J・H・シャンフルーリの功績によるものでした。ル・ナン兄弟の作品は再評価され、現在では17世紀フランスを代表する画家の一人とみなされています。
三兄弟の絵は、誰がどの作品を描いたのか、区別するのが難しいとされています。署名があっても姓しか記されておらず、それでなくても作風が似ていますから、識別することがなかなか困難なのです。しかし、この作品に関しては、おそらく次男のルイの手になるものだと見られています。ただ、残念ながら、その制作の背景についてはいまだに謎です。この一家がどういう人々なのか、ルイとのつながりは何か…等々….。また、一家の背後で横顔を見せる若い女性と、そしてシルエットだけの人物….この二人の存在も謎に満ちています。
それでも、「農民の画家」ルイらしい簡素で厳粛な画面の中の人物たちは、無言のうちに、私たちのそれぞれにとても多くのものを語りかけてくれているのです。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館蔵