不思議に静かで、なんて不可解な世界なのでしょう。誇張された遠近法、輪で遊ぶ少女、その少女を迎え入れるために後部のドアが開かれたような空っぽの荷車、そして、姿は見えないけれど長い影が伸びています。少女にとって好ましくない人物の存在を感じさせますが、生命感のない彫像の影のようでもあり、全ては白昼夢のように謎のままです。
この作品は、多くの人にさまざまなインスピレーションを与えるようです。ある人は、この少女に自分自身を重ね合わせ、休みなく未来に走り続ける自分を感じ、ある人は、どうしようもない閉塞感や不安感、またある人は、逃れようのない嫌な感じを持ったりもしています。
シュルレアリストたちよりも早くシュルレアリスムに目覚めたジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978年)は、ギリシャで多くの鉄道を建設した技師の息子でした。彼は、ニーチェの哲学やスイス出身の画家ベックリンの象徴主義美術に惹きつけられつつ、古代世界への強い憧れも抱き続けていたのです。そこには、彼が古代神話の国ギリシャの出身であるという事情も大きく働いていたのかもしれません。
ところが、繊細な彼は兵役中に神経衰弱におそわれ、療養のために入った病院でカルロ・カッラと出会い、それが縁で彼らと「形而上派」を結成しています。デ・キリコらが提唱した「形而上絵画」は、主題と表題がともに非現実的感覚であることが特徴です。ごく日常のありふれた事物を新たな神秘的環境の中に置くことによって、現実の背後にある形而上的な空間を暗示しようとしたのです。
この作品にも、特に驚くようなもの、目新しいものが描き込まれているわけではないのですが、列柱、少女、荷車、彫像のようなもの……が、広場の地面にくっきりと濃く長い影を落とすと、とたんに見知らぬ、寂寥感に満ちた世界になってしまうのです。
デ・キリコの提供する世界は、現代社会にも通じる不安感と密接に結びついているようです。空間の中で、物たち一つひとつが関連を持たずに孤立している感覚は、現代の私たちが共通に持つ不安や恐れを暗示しているのかもしれません。
ところで、この急激に深まる奥行きと画面を斜めに走る影は、デ・キリコ作品にしばしば見られる特徴です。そして、この広場は、彼自身が強い影響を受けたニーチェが、最初に狂気の兆候を見せたトリノの町の広場から想を得たと言われています。
しかし、そうした詮索よりももっと興味深いのは、デ・キリコ自身の白昼夢の体験かもしれません。
ギリシャ生まれのイタリア人デ・キリコはミュンヘンで絵を学んだあと、フィレンツェに出ています。ある日、体調を悪くしてサンタ・クローチェ広場に座っていたとき、彼の前から突然人々が消え、古代の建物や彫刻、そして影だけが目の前に浮かび上がったのだといいます。それは幻視と呼ぶべきものだったのかもしれませんが、それを機に、時が止まったような独特の絵画が生まれたのです。
シュルレアリスムの神が、デ・キリコの上に降りてきた瞬間なのかもしれません。
★★★★★★★
個人蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)