運命をつかさどる女神はひたすら車輪を回します。車輪の右にいる男たちは奴隷、王、詩人と言われています。陰鬱な彼らの表情には、どんな身分であっても運命からは逃れられないことが暗示されてます。車輪の回転には上昇と下降がつきものです。その不安定性に翻弄される人間たちの慟哭が聞こえてくるようです。
主人公の女神は、ローマ神話のユピテル(ゼウス)の娘フォルトゥナであろうと思われます。英語ではフォーチュンですから、まさに「運命」を体現した女神なのです。有翼の裸婦の姿で描かれることが多いのですが、ラファエル前派を代表する画家の一人バーン=ジョーンズは、このように悲しげな表情の乙女として描きました。
バーン=ジョーンズがラファエル前派の存在を知ったのは1854年ごろで、5年ほど続いていたグループの活動は終わりを迎えていました。そもそも聖職者を目指していたバーン=ジョーンズは正規の美術訓練を受ける機会がなかったため、画家を志すのが少し遅く、ロイヤル・アカデミーで学んだ画家たちのデッサン力に圧倒されたといいます。それでもラファエル前派の中心人物であったロセッティが創作のアドバイスなど細々と面倒を見てくれたことが幸いし、独学でデッサン力を高めることができたのです。殊に彼が強い影響を受けたのがルネサンスの巨匠ミケランジェロでした。巨匠の作品を熱心に模写することで力をつけていったのです。3人の男たちが筋骨隆々であるのは、やはりミケランジェロの影響が大きいと思われます。
ところで、この作品は1883年に発表されましたが、同じ構図の絵を実は5枚制作しています。巨大な車輪が画面を縦に横切る構図が斬新だと反響を呼んだため、バーン=ジョーンズはこの主題をとても気に入ったのだろうと思われます。ウェールズ美術館、ヴィクトリア国立美術館、ワッツ・ギャラリーなどで別バージョンを見ることができます。
★★★★★★★
パリ、 オルセー美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎キリスト教美術図典
柳宗玄・中森義宗編 吉川弘文館 (1990-09-01出版)
◎ラファエル前派の夢
ティモシー・ヒルトン著 白水社 (1992-01-20出版)
◎ラファエル前派―ヴィクトリア時代の幻視者たち
ローランス・デ・カール著 高階秀爾監修 創元社 (2001-03-20出版)
◎名画のすごさが見える西洋絵画の鑑賞事典
佐藤晃子 著 永岡書店 (2016-1-20出版)