みごとな野菜や果物であふれた光景は、当時のフランドルにおける、ものの豊富さを感じさせます。
市場や台所の風景は、1550年ごろから描かれるようになりました。静物画と同じで、さまざまな種類の野菜や果物を描くことは、画家の技量を示すよいチャンスでもあったのです。また、こうした作品には、ルネサンス絵画にありがちな寓意も込めやすかったようです。
作者のヨアヒム・ブーケラール(1533-74年)は、アントワープで活動したフランドルの静物画家でした。市場や台所を舞台とした静物画の大作を多く制作しています。
そして、興味深いのは、彼がおそらく、魚市場を描いた最初の画家であったと思われることなのです。それは、画家の好奇心の強さとも思われますが、ルネサンスにおける新しい美への感性だったかもしれません。
ところで、多くの研究者の分析によれば、これは市場のかたちを借りた売春宿の風景だとされています。
中央で果物を売る女性は、そうは見えませんが、娼婦ということでしょうか。その後ろで様子を見ている老女は、俗に言う”取り持ち女”であり、左側の気取った男性は、オランダ語で”女道楽者”を意味する鳥の猟師です。彼の売り物はアヒル、シギ、シジュウガラなどであり、特にヤマウズラは、とても好色な鳥とされていました。
そして、よく見ると、帽子には、矢が交差したデザインのバッジをつけています。これは当時の市民兵のバッジでしたが、画家はキューピッドを暗示したのかもしれません。果物売りの女性と鳥を売る男性は視線を合わせていませんが、もしかするとこれから、キューピッドの力が発揮されるのかもしれません。
それにしても、画面からあふれるほどの果物や野菜の豊かな色彩が、生き生きと描かれている様子は圧巻です。しかし、この一見写実的な光景には、実は多分にウソが含まれているのです。サクランボは初夏、ブドウは9月、また、キャベツは冬に収穫されるものですから、温室のなかった当時、こうした品揃えは不可能でした。
ブーケラールは、想像上の夢の市場を描いたのです。彼はよく似た構図で繰り返し市場の風景を描いていますが、前景、中景、後景にきちんと分けられた画面構成は特徴的です。そして、はるか遠景の、この場とは直接関係なさそうな森の木々、人々の生活までもきっちり描き込む感覚は、北方ルネサンスの画家らしい緻密さと丹念な仕事ぶりを感じさせるのです。
★★★★★★★
アントウェルペン、 王立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋名画の読み方〈1〉
パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)