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「陽気な酒飲み」

フランス・ハルス (1627年)

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 これまでに、いかなる画家も描いたことのない、気楽で自然な肖像画を描いてみたい…そんなハルスの希望がモデルに快く受け入れられたのが、この『陽気な酒飲み』です。ハルスはヴェラスケスの『ラス・メニーナス』に見られるのと同様の、すばやく鋭い筆使いで、この元気な男の一瞬の様相をとらえ、彼がちょっと油断したときの表情を描いたのだと告白しています。こちらを見つめて陽気に目をしばたたかせ、片手に持ったワイングラスを危なっかしげに持ち、「よっ」と声をかけるような感じで一方の手を上げて、彼はなんとも楽しげです。光も動作も水の動きもモデルの瞳の位置まで、それはみごとにあらゆるもののわずか一瞬がとらえられているのです。もし、ハルスが現代に生きていてカメラを所持していたなら…おそらく素晴らしいカメラマンになっていたのではないでしょうか。

 17世紀のはじめ、オランダはヨーロッパの商業の中心地となりました。そして絵画は非常に大衆的なものとなり、この時期のオランダほど画家や収集家の多かった国はないと言われています。また、宮廷や新教の会堂が絵画の買い手にならなかったこともあって、オランダ美術は公的な束縛のない、私的で親しみやすいものとして成長したのです。中産階級の庶民自身が主人公となり、彼らが実際に生活し、目にしていた世界が愛情をこめて忠実に描かれました。この時期に展開された絵画のブームは、買い手である商人たちの気まぐれもあって、わずか半世紀ほどで終わってしまうのですが、風俗画にとってこの半世紀間は、絵画史上非常に重要な育みの時代となったのだと思います。

 ローマに行ってカラヴァッジオの自然主義や劇的な光の効果の影響を受けた画家たちが、帰国するときに持ち帰った新しいイタリアの思想は、オランダ絵画の巨匠たちに伝えられ、そしてハルスももちろんその中の一人でした。彼はオランダ西部の街ハールレムの指導的肖像画家であり、多くの貴族や商人の顧客を得て、市の名士でもあったのです。大規模な工房を持って幅広く活躍した彼は、晩年にいたるまで魅力にあふれた優れた肖像画を描き続けました。その人間的洞察力の深さには定評があり、天才レンブラントに匹敵すると言われていましたが、このように表情豊かな楽しい肖像画を見てしまうと、彼が並みの肖像画家でなかったことは十分に認めてしまうところです。
 そして、この作品において彼がとらえたかったものが、カラヴァッジオからもたらされた光の動きなのではなく、飽くまでも人間の動作の中のその一瞬であったこと、また、だからこそ、瞬間をとらえる写真のように描き上げて見せようとしたこと、そのために一見粗くさえ見えるスピード感にあふれた筆のタッチを使用している点に、彼のすぐれた資質を見てとることができるのです。

★★★★★★★
アムステルダム、 国立美術館 蔵



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