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「預言者リブザ」

ヴィテスラフ・カレル・マチェック (1893年)

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 深い青の中から霊気をはらんでボウッと立ち現れたのは、ボヘミア最初の統治者であり、その預言の才能によって人々に崇拝された実在の巫女女王・リブザです。スラヴ人の誇り、心の拠り所であった女王リブザは、ここに描かれたように人知を超えた存在だったに違いありません。
 彼女は今、満天の星と月の光を浴びながら、プラハ城のテラスに幽霊のごとく立ち、聖なる樹・菩提樹の小枝をまっすぐに捧げ持っています。その背後には民族の象徴たるモルダウ河がゆったりと横たわり、画家のあふれるような思いをも呑み込んで流れているようです。
 作者マチェックの祖国チェコはヨーロッパ大陸の中央に位置し、様々な民族の王朝や帝国が支配や征服を繰り返した歴史を持ち、苦難に満ちた運命を余儀なくされてきました。だからこそ、小さな水源から次第に支流を集めてやがて悠々たる大河となっていくモルダウ河は、再び息を吹き返す祖国への画家の希望と願いが込められているのでしょう。

 私たちは、チェコ出身の画家といえばまずアルフォンス・ミュシャ(1860-1939年)を思い浮かべます。まるでアイドルのようにチャーミングで美しい女性像を次々に描いたミュシャ……。しかし、彼も故郷プラハに戻ってからは、あの壮大な「スラブ叙事詩」を制作しています。チェコの歴史とスラヴ民族の歴史によって構成された20点の大連作です。それほどにミュシャは19世紀当時、滅びゆく運命と言われたボヘミアの人々に民族の誇りと栄光を謳いかけようとしたのです。
 この作品の制作者ヴィテスラフ・カレル・マチェック(1865-1927年)は、実はミュシャとは仲の良い友人でした。二人は1887年、一緒にパリに出てアカデミー・ジュリアンで絵を学んでいますから、お互いに影響し合う関係だったに違いありません。女王リブザの髪に飾られた花々や、衣装に縫いつけられた飾り帯の装飾的な輝きは確かにミュシャ作品にも通じる美しさであり、いかにも異国的でビザンティン風な豪奢な香りが漂います。
 さらに驚くのは、この作品が点描画であるということです。雰囲気からいっても確かに象徴主義絵画なのですが、緻密で繊細な点描はスーラをはじめとする後期印象主義の手法を採っているようです。193cm×193cmの大画面ながら、ただの一点もおろそかにしていないことに眩暈さえ感じる大作です。混じりけのない絵の具を小さな整然とした点として用いることで、パレットで混ぜた絵の具よりも生気あふれる色となる点描ですが、ここでは余りにも幻想的で霊的です。背景に溶けてしまいそうな薄いヴェールは、そのまま夜空の星々となって散っていきそうです。

 マチェックはその後、装飾芸術と建築を学び、ミュンヘンやドレスデンで作品を発表したあと、1898年にはプラハの装飾学校の教授になったことがわかっています。そうした経歴から見ると、彼は装飾芸術家として大成した人物であり、画家として活動した時期は短かったのかもしれません。しかし、この迫力に満ちた忘れがたい画面は、その深い深い青とともに、見る者の心を捉えて放さないのです。

★★★★★★★
パリ、 オルセー美術館蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎オルセー美術館展 ―19世紀芸術家たちの楽園― カタログ
     (2006年9月29日―2007年1月8日 神戸市立博物館
      2007年1月27日―4月8日 東京都美術館 にて開催)
       カロリーヌ・マチュー、高橋明也、大野芳材編集  日本経済新聞社
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 (1989-06出版)
  ◎ミュシャ―アール・ヌーヴォーの美神たち
       島田紀夫編  小学館 (1996-12-01出版)

 



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