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「黄色いキリスト」

ポール・ゴーギャン (1889年)

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 何とほのぼのとした磔刑図なのでしょう。強烈な個性と自尊心を感じさせるゴーギャンですが、こんな作品も描いていたのかと少し驚きます。何よりも、安らかなキリストの表情に、これが磔刑図であることをつい忘れてしまいそうです。

 ゴーギャン(1848-1903年)は、その生涯の中で実にさまざまな土地を巡っています。そこには、35歳を過ぎてからプロの画家を志したための経済的な事情があったようです。田舎ならば、生活費も安くて済むということなのでしょう。妻子とも離れ、その日のパンにも事欠きながら、1886年にはフランス南西部の小さな村、ポン・タヴェンに滞在し、ここで本格的に画家生活をスタートさせることとなります。
 この素朴な村は、それまで有望な株式仲買人の職にあったゴーギャンに、まったく予想しなかったインスピレーションを与えました。ゴーギャンは、村人たちの信仰心の篤さ、伝統的な習俗を重んじる生活から野性、素朴、幻想といったモティーフを引き出していったのです。そして、対象を単純化してその輪郭を強調し、陰影による立体感を排した独特の絵画世界をつくり上げていったのです。
 そういう意味では、当初、印象派風の作品を描いていたゴーギャンが、それとは異なる道を選び取ったといえるのでしょう。彼は、見えるがままに描くことよりも、想像力を重視するようになったのです。それは、いかにも独自な感性を持つゴーギャンらしいという気がします。平坦な色面構成を特徴とする、後にポン・ダヴェン派と言われるこの様式は、タヒチに渡る以前のゴーギャンの典型的な様式でした。

 ところで、このキリスト像は、ポン・タヴェン村のはずれにあるトレマロの教会にあった17世紀の木彫像から想を得ており、今も彼の地に残っているものです。磔刑図の後ろにはポン・タヴェンの村の風景が美しく広がり、民族衣装の女性たちが瞑想にふけっているのも、通常の磔刑図とは違うところです。
 また、キリストも大地も黄色、そして木々が赤といった色遣いはあまりにも幻想的ですが、単純化された線や構成からは、なんとも可愛く、素朴な安らぎが伝わってくるのです。そして、この色遣いは、ややもすると強烈な印象を与えてしまうところですが、黄色の地の上に赤がのせられているため、そこにはゴーギャンならではの透明感ある調和が保たれています。実際の風景や人々を描きながら、どこかお伽噺のように美しいのは、ひとえにこの色遣いのなせるわざと言えるのだろうと思います。

 ところで、キリスト像の後方に石の壁をまたいでいる船員らしき男が描かれていますが、これはゴーギャン自身であると言われています。彼はフランス中部のオルレアンで神学校に通ったあと、17歳から20代前半までを海軍の水兵として過ごし、普仏戦争にも参加していますから、そんな過去の自分に訣別しようとする姿を描き込んだのかもしれません。

★★★★★★★
バッファロー(アメリカ)、 オルブライト=ノックス美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎印象派美術館
       島田紀夫著  小学館 (2004-12出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)
  ◎西洋絵画史who’s who
       美術出版社 (1996-05出版)



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