人間の身体は、宇宙と密接に結びついた神秘の存在なのかもしれません。
西洋占星術では、天空の恒星を12個の星座に分類しています。古代の人々はこれを単なる占いの道具とするだけでなく、医学の分野にも役立てていたと言われています。研究者たちは人間の身体を12の部位に分け、それぞれを黄道十二宮に対応させていたのです。
世界で最も美しい本と言われる『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』では、暦頁の13葉までは季節ごとの人々の暮らしが描かれていますが、14葉目の裏には、この「黄道十二宮人間」が、優雅に繊細に描き出されています。これが時祷書に描かれるというのは、当時としても非常に珍しいことでした。
楕円形のホロスコープの中に立つ女性は、頭部から足先までを12の部位に分けて、全身ゾディアック(天球を一周する太陽の通り道)という感じです。
まず、頭のてっぺんには牡羊が乗って、白羊宮(はくようきゅう、牡羊座)を表します。牡羊座は、人間の身体の中の頭、顔、目に対応しています。下って、首のあたりには牡牛が乗って、金牛宮(きんぎゅうきゅう、牡牛座)を表します。牡牛座は、顎、喉、首に対応しています。そして、両肩あたりには二人の男女が乗って、双子宮(そうしきゅう、双子座)を表します。双子座は、肩、腕、手、肺などの循環器系、また、神経系に対応しています。さらに、鎖骨の少し下あたりには蟹が描かれ、巨蟹宮(きょかいきゅう、蟹座)を表しています。蟹座は、胸、乳房、胃、膵臓に対応するのです。
同じように順番に、獅子宮(ししきゅう、獅子座)は心臓と背中、処女宮(しょじょきゅう、乙女座)は大腸と十二指腸、天秤宮(てんびんきゅう、天秤座) はお尻、腎臓、副腎、天蠍宮(てんかつきゅう、蠍座)は直腸、結腸、泌尿器、生殖器、人馬宮(じんばきゅう、射手座)は腰、肝臓、大腿部、磨羯宮(まかつきゅう、山羊座)は膝、骨、皮膚、宝瓶宮(ほうへいきゅう、水瓶座)はふくらはぎ、足首、血液循環全般、双魚宮(そうぎょきゅう、魚座)は足、リンパ腺に対応していると言われていました。
天空からのメッセージを読み取る「占星医学」とも言うべき人体図は、人の身体が天体というマクロコスモスと深くつながる小宇宙であると考えた当時の人々の叡智と斬新な世界観を、わかりやすく端的に表現したものなのです。
14世紀末、フランス王シャルル5世やその兄弟たち、ブルゴーニュ公のフィリップ大胆公、ベリー公ジャン、アンジュー公ルイの宮廷には、フランドル出身の芸術家たちが多数集まり、活発な活動を繰り広げていました。ランブール兄弟も、この国際ゴシックと呼ばれる時代を築いた芸術家ユニット(?)の一組だったのです。
ポル、エルマン、ジャンの三兄弟は、ブルゴーニュのフィリップ大胆公に仕えたことで知られています。1408年にはベリー公ジャンに仕え、非常に重用されました。三人は毎年、ベリー公から贈り物を拝領し、侍従兼画家として活躍したのです。
ランブール兄弟の特徴は、驚嘆せずにはいられないような克明な描写力にあったと言えます。さらに、色彩はこの上なく鮮やかで、殊にウルトラマリンの青の贅沢な輝きは、他に類を見ないほどです。「国際ゴシック」と呼ばれる宮廷美術の持つ、そのいかにも貴族的な美しさは、ランブール兄弟の「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」によって頂点を極めたと言って間違いありません。この時祷書を制作させたベリー公ジャンは、当時最も芸術を愛した貴族でした。そんな公のもとで活動できた三兄弟は、どんなに幸せだったことでしょうか。
ただ、ランブール兄弟を語るとき、しばしば指摘されるのが、遠近法への意識の薄さです。遠景のものでも細部まで明瞭に描いてしまうために、みごとな描写がやや不自然なものに感じられるのです。しかし、だからこそ、彼らならではの繊細で美しい画面が実現してもいるのです。
彼らが制作した彩飾写本は、キリスト教の祈祷用の書物でした。時祷書も、あくまでも個人の祈りのためのものです。しかし、実際は貴族のために作られた贅沢品でした。言うなれば、本でありながら貴金属のような価値があり、大貴族は競って豪華な彩飾写本を注文したといいます。
ところで、ランブール兄弟は三人ともに、ベリー公が亡くなった1416年に相次いで亡くなっています。そのため、この時祷書は未完成で残されたのです。三人が気持ちをそろえて公に従ったというのも、不思議な偶然ですが。結局、月暦の3、6、9、10、12月分には、後世の画家の手が入っていると言われています。
★★★★★★★
シャンティイ(フランス)、 コンデ美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎ルネサンス美術館
石鍋真澄著 小学館(2008/07 出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)