いったい、何人の人間が描き込まれているのかと、一瞬、呆然としてしまう作品です。しかも、この大勢の人々は何をしているのか…..。
実はここには、キリスト教に改宗した1万人のローマ兵の殉教の様子が描かれているのです。
4世紀のこと、ノアの箱船が乗り上げたことでも知られるアララト山で、ローマ皇帝の命を受けたペルシア王シャープールは、彼らを容赦なく虐殺したと伝えられています。画面向かって右で、白い巨大なターバンを巻いた髭の老人が、おそらくそのシャープールでしょう。ことさら東洋人のように描かれているのは、オスマン=トルコによるヨーロッパへの脅威が背景にあるのかもしれません。
一方、1万人の兵士の指導者とされるアカシウスという男は、向かって左側に白い帽子の司祭姿で描かれています。連行される途中でしょうか、周囲の大殺戮が嘘のような、のんびりとした様子です。これはもしかすると、異時同図(異なる時間を同じ画面の中に描き込むこと)と考えたほうが自然なのかもしれません。
さらに、画面中央に立つ黒衣の二人の男は、画家自身とその友人の桂冠詩人、コンラート・ケルティスなのです。彼はドイツ初の、政府に公式に任命された詩人でした。よく見ると、二人は喪服姿のようで、右側のデューラーは銘文を手にしているのが分かります。そこにはラテン語で、「ドイツ人アルベルトゥス・デューラー、主の年1508年にこれを作れり」と書かれているのです。ただ、コンラート・ケルティスはこれより少し前に亡くなっています。死者とともに大虐殺の只中に立ち、画面のこちら側を鋭く見つめ返すデューラーの強い自負心には、少しゾクリとさせられるのも事実です。
山中のあちこちで拷問を受け、虐殺される兵士たちは、殉教者が受けたさまざまな刑によって殺害されていきます。しかも、このむごたらしく陰惨極まりない画面には、実は約130人の人間が描かれているのです。99×87㎝というサイズを考えたとき、やはり、その緻密さに圧倒されます。ドイツ・ルネサンスを代表する画家デューラーの、確かな技術と自信が輝くような色彩に込められているようです。
アルブレヒト・デューラー(1471-1528年)は、金銀細工師の父と同業者の娘である母との間に生まれました。比較的裕福な家庭で育ったこともあり、多くの知識人に知己を得、高い学識も身につけていました。これは、当時のドイツ人画家としては、珍しいことです。画家がまだ職人の域で認知されていた時代に芸術家としてのプライドを持ち、人体比例や遠近法の研究にも並々ならぬ情熱を注いだ、ドイツにおける空前絶後の巨匠だったと言えます。
また、デューラーは13歳で自画像の素描を描くほどに早熟な少年でした。その後も、彼ほど自画像を多く描いた画家は、当時においては見当たりません。強い自意識が彼を支えていたことが伺えます。この作品にも、画家は堂々と登場しています。大殺戮の中心で、鑑賞者に強い眼差しを送っています。なんと大胆な構成でしょう。他のどんな画家も、こんな絵は考えつかなかったような気がします。彼の書簡からも、この作品を非常に気に入っていたことがわかっています。
ところで、作品の注文主はザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公(1463-1525年)でした。フリードリヒは何度もデューラーに仕事を依頼しています。画家にとって、大切なパトロンでした。そのフリードリヒがこの作品を注文したのは、この主題への強い興味のためだったようです。
公は、学問、芸術、宗教等の諸文化に造詣の深い知識人でした。そして、ヨーロッパでも有数の聖遺物のコレクターでもありました。その中には、犠牲となった何人かの遺物と言われるものも含まれており、この作品によって、そうしたコレクションの起源を明らかにしたいという意図があったようです。
★★★★★★★
ウィーン、 美術史美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋名画の読み方〈1〉
パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)