作品のインパクトの割に、84.3×52.7cmと意外と小さな絵です。しかし、一度見たら忘れられない、エドワード・ホッパーの代表作なのです。
外の暗さに引き比べ、厚いガラスの向こうのカフェは、どこか異空間的な明るさが目に痛いほどです。そして、店内には、都会的でスマートな3人の客と店員。客の前にはコーヒーカップが置かれています。
奥に座るカップルは、何事か語り合っているようです。しかし、二人はとても冷静で、恋人同士というよりは、それぞれに独立した存在であり、お互いに最後まで目を合わせることがなさそうです。さらに、こちらに背中を向けた男性は、鑑賞者のすべての問いかけを拒否するかのようであり、店員もまた客を意識に入れながらも、3人の時間にあえて入り込もうとはしていません。
都市に生活する人たちの”ひととき”は、不思議なほど張り詰めた空気の中、一人一人が孤立することで微妙な均衡を保ちながら成立しているのです。何気ない日常の瞬間ですが、ナイトホークス――夜ふかしをする人たちの一瞬の静寂は、永遠に続いていくようです。
作者のエドワード・ホッパー(1882-1967年)は、20世紀アメリカの具象絵画を代表する画家の一人です。アメリカのありふれた日常を切り取った作品を描きながら、そこには言い知れぬ孤独と、それぞれの人物が持つドラマが込められています。
彼のアメリカン・ライフの写実的描写は、ニューヨーク美術学校で学んだときの師であった画家、ロバート・ヘンライの影響とされていますが、ホッパー自身は、あくまでも固有の自己表現なのだと語っていたようです。
ところで、ホッパーの作品に見られる独特な憂愁は、当時の時代背景と深くつながっています。
1920年代、アメリカは急速な資本主義の発達とともに、繁栄の時を迎えました。ところが、1929年の経済恐慌によって美術界も打撃を受け、それまで政治的関心とは無縁だった作家でさえ社会の動向を意識せざるを得なくなったのです。この時代に描かれた「アメリカン・シーン絵画」と呼ばれる作品たちは、文字どおりアメリカの現実を描いたものでした。
そして、恐慌下の現実描写は、どうしても社会批判の色彩を帯びたものとなりました。恐慌に痛めつけられた都会の過酷な生活に苦しむ人々を描いた作品が目立つようになります。そんな中で、ホッパーはあえて都会の哀愁、寂寥感を感じさせる作品を描きました。そこが、社会派リアリストと言われる画家たちとの違いだったのです。ホッパーの冷めた視線は、しばしば都会の孤独を際立たせたのです。
ところで、ホッパーの師であったロバート・ヘンライは、イメージの枠組みを作る方法を学ぶために演劇を観るようにとアドバイスしていたといいます。確かに、ホッパーの作品はどれをとっても、映画の中の一場面のように洗練された趣きがあります。
しかし、これは画家が映画的な技法を吸収していたための結果だとは言い切れないかもしれません。当時のヒッチコックやエリア・カザンといった監督たちこそが、ホッパーの作品を見て絵画的空間表現や心理表現を学んだのかもしれません。
★★★★★★★
シカゴ美術研究所 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社(1989-06出版)
◎西洋絵画作品名辞典
木村三郎,千足伸行,森田義之,島田紀夫,千葉成夫編集 三省堂(1994-04出版)
◎西洋名画の読み方〈2〉19世紀中期から20世紀の傑作180点
ジョン・トンプソン著 神原正明監修 内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2008-09-10 出版)