永遠の地獄を漂い続ける恋人たち、それをじっと見つめるダンテとウェルギリウス…。これはダンテの『神曲』地獄篇の5を典拠とした悲しく美しい作品です。
フランチェスカ・ダ・リミニは、リミニの城主ジャンチョット・マラテスタに嫁ぎましたが、義弟のパオロと本を読んでいるとき、恋におちてしまいます。しかし、夫のジャンチョットは二人の仲を知り、一緒にいるところを不意打ちして、この恋人たちを刺殺してしまうのです。
ダンテは、パオロとフランチェスカ両家の兄弟と知り合いだったこともあり、『神曲』に二人を登場させたのです。ですから、この恋人たちは、他の名高い悲劇の主人公たちと共に、地獄の第二圏を風に吹かれて永遠に漂うという罰を受けているのです。
シェフェールの作品は、恋人たちの魂が地獄のつむじ風に翻弄される様子を、流れるような優雅な美しさで表現しています。二人の悲しげで疲れ切った様子は痛々しくさえあるのですが、それでもこの運命を選んだ二人の悲しい情熱が、氷の冷たさに似た空気をはらんで、画面のこちら側の私たちをも巻き込んでいくのです。
ロマン主義の時代、絵画の舞台は文学へと大きく世界を広げました。画家たちは、古典や聖書だけでなく、古今の文学から自由にテーマを選ぶようになったのです。この時期、ヨーロッパではシェイクスピアが大変な人気で、その翻訳や研究が進むと共に、多くの画家のテーマとなりました。そしてダンテもまた、画家たちの豊かなイメージの源泉となったのです。
シェフェールは、オランダに生まれ、1810年パリに渡り、ドラクロワ、ジェリコー等に近づいて、古典主義からロマン主義に転じた画家です。しかし、やがてロマン主義独特の激情的表現から神秘主義的要素を強めていった人で、通俗的に堕した、との評価を受けるようになります。でも、この情感にあふれた美しい作品を目の前にしてしまうと、通俗的、いいじゃないの…と思ってしまうのです。
★★★★★★★
ロンドン、 ウォーレス・コレクション 蔵