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「マリアの訪問」

ポントルモ (1530-32年)

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 聖母マリアは従姉妹のエリザベツのもとを訪ねます。聖なる懐胎のお告げを受けたマリアは、一刻も早く仲良しの従姉妹にその事実を知らせたかったからです。二人は手を取り合い、心からの抱擁を交わします。

 この「エリザベツ訪問」のテーマは、これまでにも多くの画家によってとりあげられてきました。管理人の一番好きなアルベルティネリの『御訪問』など、神殿のアーチを背景にした二人の心の交流が静かに優しく描かれていて、心がホンワリと暖かくなります。この場面は、聖書ではマリアの讃歌が歌われるほどに幸福な場面なのです。そして、このとき、エリザベツの胎内でももう一つの生命が躍ります。実は彼女にも待望の赤ちゃんが宿っていたのです。そして、その赤ちゃんは、のちに洗礼者ヨハネと呼ばれるようになるのです。

 この、この上ない幸せな二人の再会…。しかし、ポントルモの描く『マリアの訪問』からは、そこにあるべき暖かさが漂ってきません。二人は見つめ合っていますが、その顔に笑顔はなく、無表情に視線を交わすだけなのです。そして、二人よりももっと不思議で、どちらかと言えば不気味なのは、背後の二人の女性…これは、おそらく、マリアの旅のお付きか、エリザベツの召使いかと思われますが…落ち窪んで瞳の所在が定かでない目を見開き、二人を…というよりもむしろ、画面のこちら側の私たちを見つめているようです。彼女たちからは人間らしい感情は伝わって来ず、その目を見返す私たちは、ただただ不安な気持ちに陥っていくのです。

 ダ・ヴィンチとラファエロが世を去ったころ、イタリアにはマニエリスムという新しい流れが生まれていました。マニエリスムの語源である「マニエラ」は、イタリア語で「礼儀作法」の意味です。美術の面では「洗練」という意味をこめて「気取り」などとも解せます。ラファエロ、ミケランジェロの芸術を基盤として、そこにそれぞれが独創性をもたせようとしたものがマニエリスムなのですが、そこにはなんとも不安定に身体をねじった人物や、フワフワと上昇する人体が多く見られます。どこか蝋で作られた人形のような、非現実的に重みの感じられない人物というのも特徴で、この作品の女性たちも、なぜかみな爪先立って、今にもふわりと浮き上がってしまいそうに体重が感じられません。そして、彼女たちの衣装にも見られる、あまりにも明るい反自然主義的色彩は、それはそれでまた、いやおうなしに不安感を助長させてしまうのです。

 初期マニエリスムの代表的画家であるポントルモは、その作風からも感じられるとおり、神経が過敏で、孤独を好む性格だったと伝えられています。そんな彼が、宗教改革に始まる精神的不安の時代を背景として、盛期ルネサンスの古典主義への意識的反逆と解釈されてしまうような表現を確立していったことは、なにか心情的に、とても理解できるような気もするのです。

★★★★★★★
カルミニャーノ、 サン・ミケーレ聖堂蔵



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