<この作品の全体を見たときの状態> <この祭壇画を開いたときの状態>
奥行きの感じられない画面の前景に、ぎゅっと詰め込まれた人、人、人…..。少し息苦しい印象も持ちますが、それよりも、私たちがまず目を奪われるのは、めまいを覚えるほどの華麗な色彩、金を多用した豪華絢爛な美しさなのではないでしょうか。これが、あのマギの礼拝の場面であることに気づくには、少し時間がかかるかも知れません。
聖家族や三博士の光輪の輝かしさ、そして何より、ユダヤの王を探して東方より星に導かれてやって来たマギたちの衣装のみごとさを、言葉で表現することはとても困難なように思われます。歴史的にみると、このマギたちはペルシア宮廷に仕える占星術師だったようですし、初期のルネサンス絵画では彼らはしばしば当時の宮廷人の服装をしていますから、この華麗さも十分に納得のいくところではあります。しかし、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの繊細で緻密で優雅この上ない三博士の礼拝は、やはり出色と言えるような気がします。
マタイ福音書では、マギの人数について言及してはいません。しかし、贈り物の数から考え合わせたとき、彼らは三人であったと推測されています。すなわち、黄金はキリストの王権への敬意、乳香はキリストの神性への敬意、そして死体を保存するために用いられる没薬は、すでにキリストの死を予兆するものと言われているのです。
この作品でも、最年長のカスパールが聖母の膝に抱かれる幼いイエスの前に跪き、黄金の贈り物を捧げています。そして彼の後方には黒人のバルタザール、そして最年少のメルキオールも贈り物を手に、優雅に礼拝の順番を待ちます。よく言われることですが、彼らは当時知られていた世界の三つの領域…ヨーロッパ、アジア、アフリカの擬人像でもあるのです。したがって、ここには、教会の権威に対する世俗権力の忠誠が象徴されているとも言われています。
この美しい三博士の礼拝を描いたジェンティーレ・ダ・ファブリアーノは、イタリアの国際ゴシック様式の代表的画家と言われています。しかし、初期の活動については謎が多く、ヴェネツィア、フィレンツェ、シエナなど、多くの土地を遍歴したと言われ、最後はローマでサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の壁画を制作中に没しました。判明している現存作品も20点ほどで、大半が失われてしまっているため、彼の仕事の多くを知ることは、いまの私たちにはもう出来ません。しかし、この装飾的で、いかにも気取りの感じられる貴族的な画風は、当時のどの画家のものとも雰囲気を異にし、非常に魅力的です。野暮ったさを微塵も感じさせることのない彼の仕事ぶりが、どんなに人気を博したものであったかは、容易に想像できます。
ところで、この作品を一歩下がって、さらによくよく眺めたとき、私たちは、ここに描かれた動物たちの姿に、あらためて画家の繊細な観察ぶりを実感します。ここには、よく目にすることのできる、イエスの誕生を祝福するロバや馬、牛たちのほかに、狩猟用のひょう、らくだ、猿などまで描き込まれているのです。じつは当時、これらの動物は諸侯によって熱心に集められ、その多くは個人の動物園のようなものまで持っていたのです。ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノは、そうした場所への出入りも多く、この珍しい動物たちを観察する機会を多く得ていたのでしょう。画家の、画風にたがわぬ優雅で社交的な生活ぶりが、ふと垣間見えるような気がします。
★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵